第2話
僕がまだ小学生かそこらだった頃に、家の裏の森で一匹のうさぎに出会った。餌を与えたわけでもなく、怪我をしているところを介抱したわけでもない。このうさぎは何故か、あとをついて来た。学校から帰った午後四時ごろ決まって会いに行く。いや、うさぎが現れるといった方が適切な表現かもしれない。母親の夕飯の支度が終わるまでの数時間、僕の後をついて回って突然帰ってゆく。
「もしかして僕は動物に好かれる才能を持っているのかな」
自分が特別であって欲しい、それは少年が抱く典型的で純粋な願いだろう。確信を得たかった僕は、無謀にも近所の番犬に抱きついてみようと思いついた。その後のことを語るのはここでは控えよう。
彼女——いや、僕は正確に雄か雌かを見分ける技術を当時身につけていなかったのだが——つまりそのうさぎは、僕の話を黙ってよく聞いていた。彼女の仕草は、まるで僕の言葉を理解しているかのようだった。その日学校であったことを事細かに伝え、自分には語り部としての才能がある気さえした。学校では無口と呼ばれる部類に入る僕だが、この時ばかりは饒舌だった。演劇の役を演じてるかのように別人だった。もちろん、彼女にだってちゃんとセリフを与えた。その日の出来事を、僕好みに変える。僕が主人公の1日に変える。僕1人の独壇場ではなく、2人の舞台にするあたりが僕の脚本家としての意地だ。2人の時間は、僕のシナリオ通りに進んで行く。1つだけうまくいかないことは、物語が完結する前に、彼女が帰ってしまうことだ。
「ねえ君、同じ班にならない?」
「ずるい。先に約束したのはこっちのグループだったのに」
「いいんじゃない?ちょっとぐらいずらしたってさ」
「君が一番なんだよ」
彼女は言う。僕はそれに答える。
フィクションは自由だ。そして、限りなく現実に近い虚構だ。物語はまだ続く。
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