第72話 最後のジハード(7)〜素人ソバット
なにも考えない、ただ飛んでみた。回転も曖昧で、たぶんフォームとしては、楓の1000分の1ほども美しくない不恰好な蹴りだと思う。
踵が硬いものに当たった。根津が左耳の辺りを抑えていた。
「次だ、次!」
ダンゴムシは丸まったまま、根津の足元で叫ぶ。俺は着地に失敗して、手を着いたが、できる限り早く立ち上がり、左足を軸にし、時計回りに体を回転させた。踵は根津の鳩尾に入った。今度は綺麗に決まった。根津は体を前に折り、頭が下がった。俺はサッカーボールを蹴る要領で、思い切り足の甲を根津の顔面に叩き込んだ。
運動音痴の俺は、体育の時間、サッカーをしているときは、なるべくボールが来ない場所を選んでフラフラ動いている生徒だった。それでも不意にボールが俺の前に転がってくることがあって、ボールが来ない場所を選んでいる俺は相手チームからは完全ノーマークの存在。周りに誰もいなく、しかもゴール前。これなら俺でもシュートできるかもしれない、真っ直ぐ蹴るだけなのだ。それが焦りと興奮と運動音痴が重なって、ボールはあらぬ方向へと飛んでいく。あの直径20センチほどの的に真っ直ぐ当てることができないのだ。
このサッカーボールのような大きさの根津の頭、真っ直ぐ当てることができなかった。
ただ、それが幸いにして、左側にずれたおかげで、根津の首は捻れ、口から大量の汁を吹き出した。根津は白目を剥いて崩れ落ちた。
俺は興奮を抑えることができなかった。
倒れている根津の頭を、腹を、背中を、拳や蹴りや頭突きを、なにをしているのか自分の意識の中でも飛んでしまっていた。
「もう、いいぞ。その辺にしておけ」
後ろから両脇を抑えられた。振り向くと、ドクターがいた。
「警官が近づいてきている。なんだかわからねえが、途中の道で浮浪者が騒いでいて、パトカーが通れなくなっているが、こっちにくるのも時間の問題だ。早く切り上げよう。
澤村は、どこだ」
ドクターが連れてきた看護師たちが、倒れているSPを手際よくストレッチャーに乗せ、どんどん運んでいく。
全員が奥の部屋に目を向ける。社長室だ。
どうやら澤村は1人で、社長室に乗り込んだらしい。
パンッ!
乾いた音が聞こえた。
奥の部屋、社長室の方からだ。
全員に緊張が走る。
あれは麻酔銃の音ではない。麻酔銃はガスで発車するタイプの改造モデルガンだ。
あの音は、本物の銃声だ。
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