第53話 逃走のファンク
車には運転席にジバンシイ、助手席に澤村、セカンドシートにミントとダンゴムシ、サードシートに俺とロイホが乗っている。
助手席の澤村は、ランボーに電話をかけていた。
「お前、今、どこにいる。そこを出ろ。それとiPad持ってこい。それだけでいい。いつものホテルに来い。尾行に気をつけろ」
それを聞くと、ロイホはバックパックからノートパソコンを出し、車内の暗い中キーボードを打ち始めた。
「とりあえず、今、僕のパソコンのデータ消去の操作したんですが、大元のハードから消さないと、復元されちゃうと思うんですよね。ランボーさんとシュワちゃんさんじゃあ、消し方わからないだろうし」
ジバンシイはバックミラーとサイドミラーをチラチラ見ながら、スピードを上げたり緩めたりしていた。後ろの黒塗りの車は付かず離れずといった一定の距離を保ってついてくる。威嚇か、警告か、隠れるつもりはないらしい。
ジバンシイはスピードを極端に緩めた。後ろの黒塗りの車を引きつける。
そして一気に加速した。少しの間、黒塗りの車を引き離したが、向こうもスピードを上げ追いついてきた。
ジバンシイは車線を変えると、急ブレーキをかけた。別車線を走っていた黒塗りの車が、俺たちの車を抜かすかたちになった。すかさずサイドブレーキを少し引き、ハンドルを振り切るほど回す、車の向きが変わった。サイドブレーキを戻しアクセルを思い切り踏んで、来た道を逆走し、中央分離帯と中央分離帯の合間をすり抜け、反対側車線に出た。
車内にゴムの焦げたような臭いが充満しているのと、急に車体の向きが変わったときの遠心力で頭がクラクラし、気分が悪くなった。
バックミラーに映る黒塗りの車は、遠くの方でUターンをし、遠くに映ってはいるがスピードを上げて近づいてくる。
ジバンシイは脇道に入り、また大きい道路に出ると、また脇道に入る。しばらく停まったり、バックしたり、また曲がったり。
もう、既に方向感覚が麻痺して、今北に向かっているのか南に向かっているのかがわかるらなくなった。壁面に付いているアシストグリップに捕まってはいるが、曲がるたびに後部座席が振られるので、サードシートに座る俺の胃袋はひっくり返りそうだ。
俺とロイホは、何度もリアウインドーを見て、追手を確認する。既に黒塗りの車は見えなくなっていたが、気が気じゃない。
ジバンシイの運転する車は、郊外にある立体駐車場に入った。タイヤを軋ませ、えらいスピードで4階まで上がった。
狭い立体駐車場を猛スピードで上がるので、乗っている感覚は、同じ場所でグルグル回っているとしか思えない。
空いているスペースに頭から突っ込んで停まると、俺はミントとダンゴムシを押しのけて、急いで降りて、駐車場の隅まで走り、吐いた。
ダンゴムシは、冷たいコンクリートに手をついて吐いている俺の背中をさすり、吐きたいねえ吐いちゃいな、と奇妙な歌を歌いました。
澤村とジバンシイは、慌ただしく4台隣の、臙脂色のライトバンに乗り換えていた。
「所長、田中さんところにスクラップ要請しておきます」
ロイホはそう言って、今まで乗って来たワンボックスのナンバープレートを見ながら、キーボードを打っていた。
「今更かもですが、これ舐めときます?」
俺の脇にしゃがみ込んだミントが、トートバッグから薬の箱を出して、差し出した。箱には『酔い止めドロップ(小児用)」と書かれていた。ありがたく受け取っておく。
俺たちは臙脂色のライトバンに乗り換えて、立体駐車場を出た。俺は今度は助手席に座らせてもらった。窓を開け、外の空気を入れる。
この立体駐車場は、数年前から防犯カメラが壊れていて、直さずそのままになっているので、何かのために、ここに換えの車を用意していたらしい。こういった車が、都内の古い駐車場や廃工場などに用意されているそうだ。そして、乗り捨てた車は、以前ランボーとシュワちゃんが財前一家の『執行』を行ったスクラップ工場に頼んで処分されている。
「このまま、ホテル行きますよ」
窓の淵に頭を凭れ掛かけ、風に当たる。酔い止めドロップのぶどう味が、吐いた後の口の中には気持ち悪かったが、「酔い止め」と謳われていると、なんだか治ってきた気もする。
車は更に郊外に向かって走り出す。
またいつものように流れに流されているようで、いつもとは違う感覚があった。
なにか腹の奥底がふつふつとこみ上げてくる、吐き気とは違う何かが、昇ってきている感じがした。
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