第54話 不完全『執行』
着いたホテルは、また古谷夫妻を呼び出したホテルの場所とは別の系列ホテルだった。
フロントに制服を着たホテルマンの中、1人だけ普通のスーツを着た男が、澤村に気づくと寄ってきた。
二言三言話し、エレベーターに誘導された。エレベーターは最上階で止まり、広いリビングと3部屋寝室のあるスウィートルームに案内された。
「こちらはソファベッドになっていますので、後2人は寝泊まりが可能です」
そう言ってスーツの男は出ていった。
「ここのオーナーさんも以前、依頼人でね。それ以来ここを使わせてもらっている」
先ほどのスーツの男がオーナーのようだ。ここの人たちも全員澤村の顔は知っているようで、協力者となっているようだ。
「お前、ちょっと横になってろ」
ダンゴムシにぶっきら棒に言われ、吐き気は引いていたが、俺はその言葉に甘えソファに横になった。
ロイホはノートパソコンのアダプターをコンセントに挿し、データファイルを立ち上げた。
今までの依頼人、『執行』対象者のファイルのようだ。
「1年以上前の対象者は、依頼人との和解を済ませてますし、新しい仕事、僕たちの協力者や社会貢献などで充実した第2の人生を始めています。恨みを持って、今更こんなことするなんて考えられません」
部屋の扉が開いた。遅れてランボーとシュワちゃんが入ってきた。
「遅れてすみません。ちょっと海に行って捨ててきました」
ランボーに続いてシュワちゃんが、ロイホにiPadを渡して言った。
「よくわからないから、ロイホのパソコンは、海に捨てた」
「良かった。お2人とも、気が利きますね」
ダンゴムシはノートパソコンの画面をスクロールして、ファイルを確認していた。
「おい、新人。なんでお前寝てんだ」
ランボーは俺が寝ていたソファを蹴ってきたので、俺は上半身を起こした。調子悪いんだから寝かせといてあげてよ、ミントが怒り、ランボーはバツの悪そうな顔をした。
「この間、浅野と行った千葉の奴、火村か。あいつは、キッチリ殺してやったぞ。アフター行ったら、アイツ、あの養護施設で働いてたぞ」
「あの人、あそこの出身者なんですよね」
聞くところによると、あの火村誠は、養護施設の出身者で、あの『執行』後、待機避難所で待機していたドクターにすぐ手当てされ、養護施設の前に置いて行かれたという。その後、園長に介抱されて、改心し、養護施設で働き始めたそうだ。
「俺は、キッチリ殺してるぞ。誰か中途半端に殺してねえか?」
その言葉にランボーとシュワちゃんだけが俯いた。
「お前ら、なんか心当たりがあんのか?」
ダンゴムシがランボーに詰め寄る。ランボーは睨み返したが、ダンゴムシに襟首を掴まれ怯んだ。ダンゴムシは胸倉を掴んで、顎を引き、上体を後ろに引いた。
「ちょ、待て待て。アンタの頭突きは嫌だ。待って、俺じゃねえ。シュワだよ。シュワ」
ダンゴムシはランボーの胸倉を掴んだまま、シュワちゃんを睨む。サングラスのせいでわからないが、目を逸らしているのか微動だにしないで固まっている。
「この間の、家族が、不完全だった、かもしれない」
ダンゴムシは、掴んでいたランボーの胸倉から手を離し、ベッドの淵に座ってため息をついた。
ロイホはiPadで、財前一家のファイルを出し、ノートパソコンの方では、なにやらキーボードを打ち始めた。なにやら時刻がたくさん配列されているページを開き、クリックすると1枚のパスポート写真が出てきた。
「この間の財前泰司は、家族とともにマレーシアへ移住しています。一家は偽名を使い、父親の大二郎は地元のNPOに従事しています。警察内部では、所轄とはいえ署長が失踪という点に関しては、本人の自主退職という形で、警察関係者に伏せられている状況です。
この父親に関しては、警察内部でさほど重要な人物ではないらしく、誰も不審に思われていないようです。父親の大二郎が指示を出したり、また関係者が代わりに復讐をというのは有り得ないと思います。父親の大二郎は、ボランティア活動を通して、生き生きしてるらしいですよ。地元の子供たちに、『ダイ』と呼ばれているそうです。息子の泰司も、最初の頃は人間不信に陥り、一歩も外には出てなかったのが、最近では父親の手伝いをし始めているようです」
そういう余分なのはいらねえよ、ダンゴムシは苦虫を噛み潰したような顔で、掌で顔を擦った。
「問題は、母親の恵美子です。3日前に帰国しています」
ノートパソコンの画面に映し出されたパスポートの写真は、財前恵美子だった。
「更に問題は、この恵美子の父親。この人、警察OBです。恵美子の旧姓は香川、警察OBの
「公安か。そういえば、随分、動きが早かったな」
「警察OBっていったって、娘の出来の悪い旦那のために、警察全体が動くとは思えねえな」
「それはないでしょうね。いくら公安って言ったって、映画じゃあるまいし、そんなくだらない復讐のために動かせないですよ。OBの指示だって言っても、現役の警察関係者が、リスクを負ってまですることじゃないです」
「警察だってバカじゃないですよ。こんなことしたら、署長が失踪したことを隠していたことが露呈してしまいます。それこそ警察の恥です」
俺を置いて、話がどんどん進んでいく。ランボーとシュワちゃん以外が口々に思ったことを言っているが、俺には全く理解できない。ランボーとシュワちゃんは俯いていた。
「こいつら、改心してマレーシアでボランティアしてんだろ」
「だから、考えられるのは、母親なんですよ」
一同が一斉にランボーとシュワちゃんを見た。ランボーはみんなの視線をずらそうとシュワを見た。
「この間は、3人まとめて、海に、沈めた。悪いのは息子、次に父親、だから、息子は若いから一番最後でいいと思った。母親は、うるさいだけで、女だから、1番最初に上げた。それに...........」
全員がシュワちゃんの言葉を待った。その時、澤村の携帯が鳴った。
「腹が痛かった。ちょっと、下痢してた」
今度は一同のため息。ダンゴムシは立ち上がり、シュワちゃんのスキンヘッドをピタンと叩いた。
「決定だな。その母親だ」
これだ!ロイホはキーボードのキーをタンッと叩き、みんなに見えるようにパソコンの画面を向けた。
「この恵美子の父親、警察定年後に、民間の警備会社の社長になってます」
「警察関係者じゃなくて、警備会社の社員か。尾行とか、頷けるな」
澤村が電話を切った。今度はみんなが澤村に顔を向ける。
「ドクターからだ。アゲハは一命を取り留めたぞ」
今度は一同が安堵のため息。
「リトルハンドは、アゲハについているそうだ。だが、アサシン。お前の娘と和江だが、ドクターのところだと安心できない。お前の実家に預けていいか?と言っても和江が和恵さんに連絡して、もう静岡に行くことになってるらしいが」
「だったら、うちは大丈夫じゃないでしようか」
「それだったら、ミントの息子も一緒に預かってくれるか?」
ミントがこちらを向いて、小さい頭をチョコンと下げた。そうしてくれると、ありがたいです。
俺はミントと一緒に、ホテルの車を借りて、ミントの息子を迎えに行くことになった。残ったメンツで今後の作戦を考えることになった。
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