第36話 古谷悟の件(1)〜ランボー更に威張る
そこは古びたアパートだった。1階に4世帯の2階建、計8世帯の小さなアパート。外に洗濯機を置いてある家もある。俺たちが訪れたのは1階の3号室、ここが古谷悟の家だ。
ジバンシイが偵知をせずに帰ってきたのがなんとなくわかった。
チャイムを押しても、なかなか出てこない。壊れているようだ。グレーの鉄製のドアをノックした。
目の下に隈ができた50代くらいの女性がドアを開け、力なく頭を下げた。
「狭いですが、どうぞ」
三和土と呼んでいいのだろうか、靴を3足並べたらいっぱいのスペースに靴を脱いで、上がった。入ってすぐがキッチンで、リビングらしい部屋に4人がけのダイニングテーブル、茶箪笥、炊飯器の乗ったワゴンがあり、その向こうの襖が開いていて、テレビが見えた。そこにはこの家の主人だろう、白髪頭の男性が座っていた。
白髪頭が俺たちに気づき立ち上がって、頭を下げた。
「悟の父です」
ガッチリとした体格だが、肩を落として小さく見える。理由はわかった。壁際に簡易的な白い祭壇が置いてあり、高校生だろうか、詰襟の学生服を着た男の子の遺影が飾られていた。多分この写真の子が、悟だ。祭壇には野球のグローブが飾られていた。
線香をあげると、ダイニングテーブルに麦茶を入れたガラスのコップを出された。
「あなたたち、本当に殺し屋なんですか」
俺が返事に困っていると、ランボーは胸を張って答えた。
「はい。正真正銘の殺し屋です。ただ当社は本当に困っている人の依頼しか受けない殺し屋です。お話を聞かせてもらってもよろしいですか」
古谷悟の両親は顔を見合わせた。
妻が話し始めた。
「なんだか、もう生きる気力がなくて。四十九日の法要が終わったら夫婦で死のうか、なんて話してたところなんです。ただ死ぬ前にどうしてもと思い、ご連絡差し上げました」
俺は視線を落とすと、ダイニングの狭い部屋の隅に、白いダンボール箱とガムテープが置いてあるのが見えた。箱には備長炭と書かれている。
「殺したい奴と、その動機は?」
ランボーは張り切っているらしいが、夫婦は下を向いて、答えない。ランボーが何度か声をかけて、今、目が覚めたように顔を上げた。そして、俺に向かって喋った。
「財前一家を殺してほしいです」
俺は、出がけにロイホから受け取ったiPadを開いた。ロイホからメールが届いていた。
(お疲れ様です。古谷からの依頼と相関関係をまとめて資料作りましたので添付しておきます。ランボーさんに一通りは説明してありますが、多分理解してないと思うので。
追伸:ランボーさん、気をつけてください。怒ると人が変わりますので、下手にでてた方がいいです。存在感ないのにね。)
ランボーが覗き込んできたので、メールの文面を読まれる前に、急いで添付ファイルを開いた。
添付ファイルを開くと、ロイホの作った今回の依頼の資料が、わかりやすくレイアウトされている。
父 財前 大二郎 57歳
母 財前 美恵子 43歳
長男 財前 泰司 16歳
対象者はこの3人。悟を殺した長男 泰司と、自分の息子に疑いをかけることで父兄を巻き込んで嫌がらせをしてくる母 恵美子、それとその事実を揉み消した父 大二郎。
父親の財前大二郎は、所轄警察署の署長となっている。
「ランボーさん、ちょっと、これマズくないですか」
「なにが?」
「だって、相手は警察の人ですよ」
少したじろいだ表情を見せたが、強気な顔を作り、
「関係ねえよ、だからなんだっていうんだよ。俺は誰が相手でも殺すぜ」
と凄んだ。
「やっぱり無理ですよね。すみません、ご足労願いまして」
父は小さな声で、頭を下げた。
「無理じゃねーですよ。まずは、詳しく聞かせてください」
夫婦は訝しげな視線を浴びせてくる。
前回のミントの時にもそうだった。ましてや、このランボー。どこにでもいそうな風貌で、どちらかというと弱そうな見た目の人間が、「殺し屋」といったところで、信用できないのは仕方がない。付き添いできている俺だって、白シャツにスラックスじゃあ普通のサラリーマンだ。
「悟と、財前の息子は高校の同級生です。悟は名門私立高校に推薦で入学しました。最初はお互い野球部で仲良かったんですよ」
話を聞くと、こうだ。
悟は野球の名門私立高校に、野球推薦で入学。同じく野球部の財前泰司と仲良くなる。が、2ヶ月もすると悟が野球推薦で入学したことで授業料が免除されていることを理由にイジメが始まった。が、しかし本当の理由はポジションが同じことだった。まあ、イジメの理由としてはよくあるパターンだ。イジメは、最初は軽いものだったが、段々と深刻な内容になってくる。
祖父の代から裕福な家庭に育ち、父親は警察署署長、そういうのを家柄と言うのか財前泰司は校内で優遇されていた。
一方、古谷悟の方は決して裕福な家庭とは言えない家庭で育ちながら、野球の実力をつけ、監督の目に留まり、同じくポジションを争う財前泰司にとっては邪魔な存在だったのが、イジメに拍車をかけていった。
財前泰司は外面が良く、うわべでは古谷悟と仲良くしていたため、同じ学年の1部の生徒しかイジメの事実は知らなかった。両親も悟が亡くなった後、日記で知ったらしい。母親は息子の日記を持ってきた。中にはいじめてきた内容、いじめてきた生徒の名前、最初の方はそれでも野球で見返してやるという強い言葉が、後半になるにつれて、野球辞めたい、もう死にたいとネガティブな文面が書き連ねてあった。
先週、他校での練習試合の帰り、現地解散すると、古谷悟は財前泰司を含む数人のグループと帰宅途中、階段から落ちて亡くなったそうだ。
「だけど、おかしいんです。最初は事故だということで、現場検証をした結果、後日警察からは自殺で処理されてしまいました」
そう言って母親は顔を伏せた。代わりに父親が続けた。
「この日記が遺書だっていうんです」
両親は、最初はランボーの方を向いて話していたが、いつのまにか俺に訴えるように嘆いていた。
「おかしいでしょ!ビルから飛び降りるならまだしも、普通、階段なんかで自殺します?」
掴みかかってきそうな勢いだ。両親の視界からはランボーは完全に消えている。ランボーは無理やり、両親と俺の間に入ってくるように顔を突き出す。
「こいつはまだ新人なんで、わたしに話してください」
両親はランボーを見ると、一瞬誰かわからないという表情をし、すみません、と言った。
「わたしたちは、現場の階段を見てきました。緩やかとは言えませんが、極普通のコンクリートの階段で、誰かに突き落とされない限り、こんなところで死のうなんて思えません!突き落としたのは財前の息子に決まってます!!」
俺たちは古谷家を後にし、現場の階段を見に行くことになった。古谷家を出るとランボーが、一言言わせてもらうけどなぁ、と怒り口調で言った。
「お前、新人のくせに、前、出過ぎだぞ。あれじゃ、古谷さんたちだってお前に話しちゃうじゃねえか」
怒る内容が幼稚だ。それは自分が存在感薄いからじゃないですか、と言い返したいが、あの事務所で1番若いのに1番まともなロイホのいうことをきいて、
「すみません。気をつけます」
と返事した。
「わかりゃいいんだよ。気をつけろ」
そう言って、ズボンのポケットに手を突っ込んで、ガニ股で肩で風を切って歩くランボーの姿は、様になっていない。
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