第7話 妻 楓(1)
「シンちゃん、なんか浮かない顔してるね」
日曜日、家から近いショッピングモールのフードコートで、家族3人で夕食を食べていた。
妻はうどん、俺と娘はチャーハンを注文した。妻のうどんは、トッピングを取っていく形式なので、既に席に持ってきているが、俺と娘のチャーハンは、店でブザーみたいな機械を渡され、出来上がるのを待っていた。
日曜日のショッピングモールのフードコートは、とにかく人が多い。食器を落とす音、小さい子の泣き声、怒鳴る親の声、それらが近くや遠くで聞こえ、ガチャガチャ鳴り止まない。
でも、不快ではない。うるさいので心地良いわけでもないが、なぜかこういう、いつもうるさい場所が、いつも通りうるさいのは、ある意味落ち着く。
呼び出しのブザーがブルブル震えた。
チャーハンを取りに行き、3人分揃ったところで食べ始めた。少し前までは、俺と娘で1つ注文し取り分けていたのだが、小学校3年生にもなると、全部食べきれないくせに1人前頼まないと不機嫌になる。そして案の定残し、俺が残りを処理するので、ここ1年あまりで少し腹が出てきた。
「ねえ、最近仕事うまくいってないんでしょ」
妻はトッピングのちくわの天ぷらを頬張っていた。
仕事がうまくいくも、いかないもない。元々好きではないのだから、この質問には答えようがない。言葉がつまり、妻の目には苦虫を噛み潰したような俺の顔が映っているはずだ。
「なに、仕事楽しくないの?」
妻は怒ってる風でもない。昨日見たドラマの話をするみたいに、普通に話し、時々鋭く核心に触れてくる。
「楽しいって言ったって、仕事は楽しいとか楽しくないとかじゃないんじゃないか」
「じゃあ、つまんないの?」
「つまんないけど、仕事ってそういうもんだろ」
「じゃあ、何のためにやってんの?」
また、いつもの質問攻めだ。こういう時、妻は妻の納得がいく答えが出てくるまで攻めてくる。この時の答えで「家族のため」は絶対NGだ。多分「頼んでないし」と返ってくる。「お金のため」もダメ。「給料安いじゃん」と真っ先に切り捨てられる。
正確にはいくら貰っているか知らないが、俺の給料よりも彼女の方が多く貰っている。妻は保険外交員の仕事をしていて、法人相手なので土日休みのうえ、結構いい役職に就いている。
だからなにも言えない。
黙っていると、
「出た!忍法黙りの術」
と、からかってきた。
娘の里穂も、人差し指を立てた拳を重ね、「忍法黙りの術」とこちらを見て笑う。
「いいじゃん、つまんなかったら辞めちゃえば。しばらくの間はアタシがなんとかするし」
確かにそうなのだが、それで「じゃあ、辞めちゃうよ」じゃあ情けない。
それに辞めても、次にやりたいことなんかない。あれやこれや考えるのが面倒だし、新しい職場を見つけても、同じようなことで悩むに決まっている。だったら今のところで我慢してたって同じだ。
それにしても、なんでこんな話の流れになっているのだろう。元はと言えば、俺が浮かない顔をしていたことに始まった。べつに、仕事はいつもと同じで、辞めたいくらいの嫌なことがあったわけではない。
変わったことと言えば、「殺し屋」にスカウトされたことしかない。
俺は無意識のうちに、「殺し屋」に転職するかどうかで悩んでいるのか。
...........そんなはずはない。
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