飴と傘 ――天使の祝福

月波結

天使の祝福

 聖也お兄ちゃんは、クリスマスイヴの夜に生まれたらしい。わたしがまだ産まれる前のことだから、ちっとも覚えてないし。

 わたしの想像では、そのとき、天使がたくさん祝福に訪れたんだろうなぁ、そしてお祝いのベルも賑やかにお兄ちゃんは産まれたんだろうなぁと思っている。

 空想?

 わたしがまだ産まれる前で覚えてないだけだ。


 お兄ちゃんの好きなものはプリンで、嫌いなものはコーヒー。お兄ちゃんは体質的にコーヒーを受け付けない。濃いチョコレートや抹茶もダメ。

 以前、たまたま一緒に居合わせたことがあるけれど、真っ青になって冷や汗をかくお兄ちゃんは見ていられなかった。カンナが見てあげなければお兄ちゃんはどうなっちゃうんだろう、と心配になった。


 しかしわたしは15になって、お兄ちゃんは16に自然になった。これは自然なことなので、避けることはできなかった。「不可避」というやつだ。

 すると、お兄ちゃんはわたしの中学校より、電車で二駅も先の高校に進学した。お兄ちゃんのことを、見ていることが難しくなった……。


 お兄ちゃんには自慢の彼女ができた。

よりによって同じ中学だった子で、「ずっと言えなかったから」ってお前はもうそこんとこで引っ込んでろ、と思ったことはお兄ちゃんには決して言えない。決して……。


「カンナじゃないか」

 コンビニから出てきたところをお兄ちゃんに見つかる。

 彼女と、手を繋ぎなから傘をさしていた。……やらしい。傘さしてんだから、手繋がなくてもいいんだよ。

「コンビニでお菓子でも買ってたのか?」

 くすくすと彼女が笑う。

「……テスト期間だから、ちょっとつまめるものを買ったの」

 こういうときに嘘のつけない自分に落胆する。なぜペラペラと喋ってしまうのか……。

 わたしの子供っぽいチェックの模様の傘を低くさして顔を隠す。

「テスト期間なのに、お菓子なんか毎日食べてたら太るぞ」

 彼女はずっと笑ってる。くすくす、くすくす。

 だんだん頭の中に怒りのエネルギーが貯められてしまって、暴発寸前になる。

 くすくす。


「カンナ!」

 お菓子をいっぱいに抱えたわたしは、足元が水たまりにハマるのも気にせずに、後藤くんのところに走った。

 お兄ちゃんは、

「なんだ、カンナも彼氏できたのか。どおりで最近かわいくなったはずだ。ふたりでテスト勉強か、中坊のくせにやるな」

 くすくす。


「聖也先輩にまた遊ばれてたのか?」

「だって、お兄ちゃんだよ?」

「義理の、だろう?」


 後藤くんは小学校から一緒なので、こちらの事情がダダ漏れだ。悔しいけど、認めるしかない。

「少女マンガみたいに、義理のお兄ちゃんと恋に落ちたりしねーぞ」

「わかってるよ」

「兄ちゃんはああやってお前の前に次々と女を連れてくるぞ」

「わかってるよ」

「兄ちゃんにはお前は、いつまでも妹にしか見えてないぞ」

「……わかってるよ」

雨の中、クチナシの真っ白い花が香りを撒き散らす。


 お兄ちゃんが食べられないコーヒーキャンディを、実はいつもカバンに入れていた。

「あげる。大丈夫、わたしの分、あるから」

「ありがとう。いいの?」

「何が? 早く食べちゃえばいいのに」


 傘でできるだけ人から見えないように、少しつま先立ちになって、後藤くんにキスをする。いつまでもキャンディをもたもたして食べない彼に、口移しでわたしのキャンディを渡す。

「……先輩が、すきなんじゃないの?」

「いつまでも兄離れできないわけないじゃん。発想が貧困」

「オレとつきあってくれるの?」

「そっちがはっきりしたらね!」


 もやもやする。こっちから話をふってるのに。

「……なんか混乱。いや、ずっと先輩がすきでオレのことなんか見てくれないのかと……」

「つき合うの? やめるの?」

 彼は片方の肩に傘の柄を挟んでわたしにキスをした。コーヒーの味が戻ってくる。わたしは棒立ちだった……。彼は濡れるのも気にせず、わたしの肩に腕を回す。そう来たか。……もろ丸見えじゃん。


 バイバイ、お兄ちゃん。

 天使の祝福は、わたしが今、もらっとく。


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