#7

 もうもう言う海奈に「牛かよ」と突っ込みそうになった博信は、寸出の所で言葉を呑み込んだ。


「返事!」


「はい!」


「よろしい」


 ふふんと鼻を鳴らす海奈に博信は始終見惚れていた。


 しばらくの沈黙が二人の間を流れる。


「…………あの、博信さん。その、今二人きりじゃないですか」


 俯きながら言う海奈は机の下で掌を重ねると、親指を仕切りに動かし始めた。


「は、はい」


「えと、だからですね。さ、最近研究だの実験だので色々とご無沙汰だったじゃないですか……」


 色々と、と付け加える彼女の顔は耳の先まで赤くなっている。


「何を……」


「もう! 女の子に全部言わせるつもりですか! 私シャワー浴びてくるので、博信さんは先に自分の部屋に行っててください!」


 海奈はすっと立ち上がると前方の扉まで大股で闊歩して部屋を出ていった。


 ばたんと音を立てて閉まる扉を、博信は呆然と見ていた。


 ふぅ、と思わず漏れた溜息は記憶が消えている事を隠し通したという事よりも、慣れない女性との会話から出たものだった。


「今の反応……いや、でもまさかな」


 博信はゆっくりと立ち上がると周囲を見渡した。さっき『自分の部屋に行っててください』と海奈は言っていた。


 はてさて、一体どうしたものか──


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