#6
そこには加山海奈と記してあった。
「なに今更照れてるんですか? 私が下で呼んでいる時は博信さんも下で呼んでくださいよ」
ずいっと顔を寄せてくる加山海奈に、博信はどきどきと心臓の鼓動が煩いくらいに鳴っていた。
ふわりとシャンプーの匂いが鼻に香り、博信は耳の先まで顔を赤らめる。
「み、みな? さん?」
「…………」
「…………」
やばいな。これは、あれだ。恐らく間違えたやつだ。ほら、この顔。明らかに不審がっているではないか。……というかこの女は何でこんなに馴れ馴れしいんだ! 駄目だ。いろいろと限界だ! 混乱と興奮でいよいよ訳が分からなくなり、博信は考える事を放棄した。
無音の空間が幾許か時を流れる。
そんな中、先に沈黙を破ったのは海奈であった。
「あの、博信さん」
「はい」
「『みなさん』はやめてとほしいとあれ程言いましたよね? これはイントネーションの問題じゃないんですよ。私もう怒っちゃいましたからね」
あ、名前を間違った訳じゃなかったのか。と博信がほっと胸を撫で下ろしていると、海奈がついとそっぽを向いた。
「あ、あの……えーっと」
博信があたふたとしていると、海奈は膨れ面のままこちらへ向き直った。
…………綺麗だ。
思わず漏れ出す心の声は歯止めが微塵も無くなっていた。
「今なんと?」海奈が訊いた。
博信は心中で呟いたつもりが、言葉が口から漏れ出ていたらしい。どうやら歯止めの歯の字すら欠けているようだ。
「はぁ……まぁいいです。何だか博信さんの心の声が聞けたような気がしますし」
膨れ面のまま、海奈は人差し指を突き立てると続けた。
「でもですよ! 次またあんな呼び方したら許しませんからね! 全くもぅ……以後気を付けるように、全く、もぅ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます