#4

「──さん。……おきさん。青木さん!」


「うおっ!」


 身体を何者かに軽く揺すられていた博信は、自分の名を呼びかけられている事に気が付くと飛び起きた。額に汗を滲ませながら辺りを見渡す。


「良かった。過労で倒れてしまったのかと……もしかして過労ですか?」


 心配そうに若い女性が顔を覗き込んでくる。


 街で見かければ百人が百人振り返りそうな美人。艶々としたロングの黒髪を肩のあたりで一本に纏めている。髪と同じ色の瞳は見る者を吸い込んでしまいそうな程深みがかっていた。


 ……誰だ。この女。私の名前を呼んでいたのはこの人物……だよな。果たして過去に面識があっただろうか? と、見覚えの無い人物に博信は考えを巡らせた。


 状況がいまいち把握できずに呆けていると、はっとしたように博信は女性の胸倉に掴みかかった。


「コード185は? それに飯塚さんは? 襲われていた研究員達は無事なのか?!」


 「きゃっ」と小さく悲鳴を上げる女性に一切構う事なく博信は一動に訊いた。


「お、落ち着いて下さい! それに、私には青木さんの仰っている事がよくわかりません!」


 博信は女性からゆっくりと手を離すと、「今日は何日だ」と訊いた。


「今日、ですか? 七月六日ですけど……あの、本当にどうしたんですか。いきなりぶっ倒れた挙げ句、今日がいつかなんて……病院行きます?」


「あ、いや大丈夫。ちょっと疲れてるだけだよ。心配をかけて済まないね」


「無理はしないで下さいよ? 来週には婚姻届一緒に出しに行こうって話してたの青木さんの方なんですから。今更行けないなんて言わせませんからね!」


 もじもじと照れながら美人な女性が言う。


 博信は聞き間違いかと思い、これでもかと言う程女性の言葉を頭の中で反芻した。


 この女、今婚姻届と言ったか? それは私とこの美人の間の話か? いや待て、だいたい『青木さん』呼びだぞ。下の名前ならともかく……と言うかこいつは一体誰なんだ! ここは一体どこなんだ! 理解が追い付くどころかどんどん遠のいて行く感覚に、博信はいよいよ酔ってきた。


 寝起きのドッキリにしてはたちが悪すぎる、と考えていた博信は蛸足配線のようにぐちゃぐちゃになった思考回路をなんとか紐解こうとうんうん唸った。


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