#5

「うわっ、えっ?!」


 瓦礫が夏海の周囲を起点にガラガラと崩落したのだ。運良くリュックサックが瓦礫から伸びる鉄筋に引っ掛かり直下を免れたが、下を見ると、鉄釘やらコンクリート片やらが上を向いて散乱していた。必要だろうと持ってきたペットボトルや、資料を入れていたファイルに裂け目や穴が空いている。あのまま落下していたら蜂の巣だったに違いない。


 夏海は腕を頭上に伸ばしリュックサックを貫通している鉄筋を掴むと、腕力で壁沿いまで渡った。ゆっくりと着地したつもりが、左脚に焼けるような感覚があった。


 そちらに目をやると、ひかがみから脹脛ふくらはぎの中程にかけてスッと線を描くように肉が切れていたのだ。それを理解した瞬間、激しい痛みと共に、赤い液体がかりを帯びながらじわじわと湧いて出てきた。


 夏海はとても立っていられなくなり腰を下ろしたが、その間も絶え間なく激痛が襲った。ぱっくりと口を開けた皮膚からはどんどん血が溢れ出ている。筋肉が露出しているため、空気が掠めるだけでも悶絶した。


「ふっ、うぅ……し、止血しないと。おえっ、げぇっ」


 堪えるように呻き声をあげる。あまりの痛みに拒絶反応を起こした身体は、夏海の胃の中のものを全て吐き出させた。吐瀉物が酸い激臭を辺りに撒き散らし夏海の顔を一層歪ませる。


 夏海は横倒しになっているペットボトル付近まで這うように進むと穴の空いてる箇所を広げ、近くに落ちていた木片にハンカチをくるむと奥歯で噛んだ。


「ふー、ふぅー……うぅぅっ!! ふっ、ふっ。ぐぎぎぎぎぃっ!!!」


 噛んでいる木片がバキバキと音を立てながら奥歯にめり込んでゆく。


 バシャバシャと勢いよく傷口に水をかけると限界を超えた苦痛で全身が痙攣する。震える手で大腿にタオルを巻きつけると、これでもかと言わんばかりにきつく縛った。


──意識が朦朧としてきた。


 水と混ざりあった血液はやがて薄い桃色になり地面へと吸い込まれてゆく。


──身体が焼けるように熱い。


 横に寝転ぶように倒れこむと、夏海はそのまま仰向けになった。


 先程自身が落ちた穴が目の前に映る。目測すると3メートルくらいの高さ……あそこから落下したのか、と考えるのが精一杯で、次第に微睡んできた。少しでも動くたび、ぴゅっと血が飛び出る感覚がある。頭上に引っ掛かったままになっているリュックサックはもう使い物にはならなさそうだ。


 少し……ほんの少しだけ休もう。


 ゆっくりと閉じてゆく瞼の隙間から人の顔らしき影が覗いたのを見たのを最後に、夏海は意識を失った。


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