Episode 3

#1

「約10年振りね」


 夏海は鉄格子の前で仁王立ちになりながら一人でそう呟いた。


 聡太と2人で来た時より鉄格子が幾分にも低く見える。あの頃見上げていた鉄格子は高校の正門と同じくらいであったのだ。


 向かって右側に存在した地面の窪みは、跡形もなく消えていた。思えば、あの地面にぽっかりと空いていた穴はここに来た子供を誘い、捕食するための口だったのかもしれない。そんな考えが頭をぎり、ゾッとした。


 『keep out』は今となれば意味が理解できるし、普通あのテープが道を横断していれば誰も通ろうなどとは考えない。あれだけベタベタに張り巡らされていれば尚更だろう。だが、子供の好奇心とは猫どころか本人を殺しかねないようだ。


 夏海は昔のように潜る事が出来なくなったテープを切ってここまでやって来た。


 鉄格子を飛び越え軽やかに着地した夏海は、目の前にそびえ立つ巨大な建造物に圧倒された。


「……資料とはまるで違う」


 表面が蔦や葉でほとんど隠れてはいるが、間違いない。ここが国立帝動実験施設──通称『ガルダ』だ。


 夏海はリュックサックを開けると、ファイルに綴じていたガルダ周辺の資料を手にした。そこには建設当時の写真が掲載されているのだが、昔とは比較の仕様が無いくらいに寂れていた。


 資料を手にしながら、建物をぐるりと一周してみたが、入り口が3つある以外に非常口が2ヶ所設けられていた。資料通りである。建物の裏手に離れがあるが、ここは本館からでないと入る事が出来ない。


 夏海はもう一度建物の正面に戻ってくると、開きっぱなしになっている玄関に目を配った。


 太陽の光が入り口までしか届いていない。その先は闇が深く、それこそ巨大な怪物が口を開けているように見えた。


 ブルッと身震いした夏海の背中を、冷たい汗が一筋流れた。もう初夏だというのに全身に鳥肌が立っている。


 竦んで動かなくなった脚を奮い立たせ、夏海はやっとの想いで前進した。聡太があの日あの後どうなったのか、真相を知るまでは帰らない。そう心に誓った。


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