#6

 違ったのだ。もう一度振り返って確認すると、天井付近まで伸びた白い棒のような物体がゆらゆらと揺れながらこちらに向かって来ていた。廊下と同色だった事で見えにくくなっていたのだ。先程、コード185・タイプキメラと呼ばれていたものは恐らくあれの事だろう。コード185は右へ左へと壁に衝突しながら進んでいるように見える。壁に衝突するごとに、ドン、ドン、と鈍い音が廊下に反響していた。更によく観察すると、コード185はどうやら人型であることが分かった。地面すれすれまで伸びている腕のようなものは何かを引きずっているようにも見てとれる。


 有に3メートル近くあるコード185に少しずつ距離を詰められる。


 ヤバイ、ヤバイ、逃げろ、早く。死ぬ、殺される。


 アドレナリンが脳汁に塗れる。危険信号が頭の中で往復しながら絶え間なく発される。心臓がはち切れそうなくらいバクバクと動く。


──あっ。


 次に博信が振り返った瞬間、コード185は目と鼻の先まで一気に詰め寄ってきていた。呆然と見上げると、真っ黒な眼と耳元まで裂けた口元がニタニタと笑っているのが視認できた。刹那、博信は何かに躓き盛大に転んだ。セグウェイだ。先に逃げた人達が乗り捨てたものだろう。


 勢い良く転倒した博信は、頭を強打し意識が一瞬霞んだ。


──あぁ、死んだな。


 飯塚が何か叫んでいる。断末魔のような悲鳴が後から聞こえてくる。すると間もなくして再びドン、ドンと鈍い音が廊下に反響し始めた。



ず ずる ずずず ずるり



 何かを引きずるような音が近付いてくる。コード185が引きずっていた何かと目が合った。


 それは白衣を着た男性研究員だった。顔面蒼白で、目は限界まで見開かれ、口元があり得ないくらい歪に曲がっている。肩、胸、腹と少しずつ移動して行くそれには、腰から下が無かった。ただ、道標を描く様に赤黒い腸が永遠と下半身から伸びており、柘榴を握り潰したような肉片が少しずつ糸を引いて置き去りにされていた。五臓六腑が体外へ解放され、うじゅうじゅと声を上げながら少しずつ道になる。濃い鉄の臭いがツンと鼻を突き、博信は胸に酸っぱいものが込み上げてきた。しかし、体力的にも精神的にも疲弊していた博信の視界は一層ぼやけ、いつの間にか意識を失っていた──


✽ ✽ ✽


 なんとも気色の悪い事を思い出してしまった。だが、あの出来事は生涯忘れる事が無いだろう。


 そんな事を考えていると、視界の端に見覚えのある人物がちらりと映った。


「あれは確か……」


 いや、そんな筈はない。再三注意したんだ。こんなところに来るはずがない。


 そう思いかぶりを振ってみたが、もしもの事態を危惧した博信は、建物内に消えていった人影を追うことにした。


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