#5

 何事かと振り返ると、真っ赤な服を着た研究員がこちらに向かって走ってきた。否、このドス黒い赤色は──血だ。


「一体何事かね」飯塚が訊いた。


「早く逃げて下さい! コード185・タイプキメラが運搬中に暴走したんです! 同室の研究員は私以外全員やられました!」


 顔面の血の気が全くないその研究員は腕を押さえながらそう言った。いや、違った。その研究員の右肘から下が無くなっていた。粘性のある赤い液体が絶え間なく地面に滴り、切り口から気泡ができては弾けている。この量の出血は一刻も早く止血しないと取り返しのつかない事になりそうだ。


 博信はスーツの下に着ていたシャツを力技で細長く破ると、それを研究員の腕に巻き付けきつく縛った。その間に研究員は「早く、早く逃げないと」と呪文のように繰り返し呟いていた。


 そう言えば、先程からくぐもった鈍い音が何度か聞こえている。段々と大きくなるその音は、少しずつこちらに向かって来ている気がした。


「何をしているんです青木さん! 数メートル先に非常階段がある! 走りますよ!」


 飯塚は血塗れの研究員の肩を持ちながらそう言った。


 博信は暫く廊下の奥に目を凝らしていたが、それをやめると言われた通り走り出した。痛みを軽減するようにゆっくりと研究員の千切れている側の腕を自分の肩に回した。しかし、どうやら既に意識が飛んでいるようで反応がない。心臓の鼓動が伝わってきているので死んでないのは確かだ。


 音が一層近くなっている。ただ、ちらりと振り返ってもそれの発生源が特定できない。


「ん?」


 博信の違和感は鳥肌となって全身を駆け巡った。


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