#3
「……では青木さん。移動しながらこの施設についての説明をさせて頂きます」
「お願いします」
冬も半ばだというのに一切暖房の効いていない長い廊下を抜けると、少し開けた場所に出た。廊下もそうであったがここは全体的に薄暗い場所である。……何より肌寒い。
先程から数人の研究員が慌てたように移動しているのが見受けられた。
「ここがエントランスです。受付は目の前に、エレベータがあちらにありますが、横移動式なので初乗車の際にはお気を付けてお乗り下さい」
「と、言いますと?」
「壊れたエスカレーター現象が起こります」
「あぁ……脳は普段エレベータが上下に動く物と認識しているから、横に動くと転倒しそうになる、と?」
「流石です。ええ、正にその通りでございます。ここに配属されて3年になる私ですら、未だに慣れることがありません」
博信は3年と言った飯塚を、本人に気にされない程度に観察してみた。
一体いくつなのだろうか。全く見当がつかない。ポマードでオールバックにした黒髪にはところどころ白髪が混ざっている。あれはストレスによるものか、或いは年齢によるものだろうか……。それにしても年齢不詳が過ぎる。
「……今お乗りになられますか? 栗栖博士はいつ来てもらってもいいと言っておられたので、少し遠回りしても構いませんが」
年齢について考え込んでいるのをどうやら勘違いした飯塚は、博信に言った。
「え、いいんですか? そういう事なら是非」
博信は少年のような好奇心から、ついつい前のめりになっていた。同時に飯塚に対し失礼な事を考えてしまったなと思い、反省した。
エレベータに乗り込むと、その広さに博信は言葉を失った。
「このエレベータの定員は何人ですか?」
周りをキョロキョロと見渡しながら博信が訊いた。
「定員ですか……私も詳しくないのですが、一般的にはかご床面積に比例しますから、恐らく5トンまでなら一度に移動可能かと……なにぶん研究資材が重いので、どうしてもこの大きさになってしまうのですよ」
「はぁ、なるほど」
ふとエレベータのボタンを見ると、先程の上下するものと違い、AからEまでの英字が書かれていた。飯塚がAのボタンを押すと、扉がゆっくりと閉まった。
飯塚は左に移動しますよ、と博信に言った。
次の瞬間、ぐんっと身体が右に引っ張られる感覚に襲われた。意地らしくど真ん中に直立していた博信は、「うお」と声を漏らし、ふらつきながら右の壁に激突した。
想像を超える衝撃に「慣性凄すぎませんか? これ危険ですよ」と博信。
同じ様に博信の斜め前方に直立していた飯塚はびくともしていない。
「こんなものですよ」飯塚はそう言うと微笑んだ。
その後30秒ほどでエレベータは目的地に到着した。確かにこれは3年経っても慣れないだろうな、などと考えていた博信はA地点到着時にも逆方向に足を振らつかせていた。
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