#2
高校の図書室で夏海はあの場所についての書物を探していた。ただでさえ空気中の塵が窓から漏れる光でキラキラと乱反射しているこの場所で、頭に埃を乗せた本を漁っていると今にもむせ返りそうになった。
両親が行ってはならないと言っていたあの場所の近隣では、毎年数人の幼い子供が行方不明になっているようだった。それを知ったのはつい最近の事だ。
夏海はあの日あの時、兄を止められなかった、そして大人に真実を話さなかった罪悪感を、少しでも払拭したくてあの場所についていろいろと調べていたのだ。だが、資料と呼べるような物はほとんど見つからず、分かったことと言えば、あの場所の呼称とそこの建造物の外観だけであった。直方体を積み上げたようなその建物は、さながら病院のようであり、はたまた工場のようにも思えた。
「また地歴書見てる……そんなの見て楽しいか?」
夏海が地図を睨みつけていると、クラスメイトと思しき男子が横から覗き込むようにして尋ねてきた。
「別に、好きで見てるんじゃないよ」
夏海はちらりと男子を一瞥すると再び地図へ目を配った。
この人、誰だっけ。確か……そう、
「へぇ、勉強熱心なんだな」
できる限り素っ気なく返事をしたつもりなのに、全く気にする素振りを見せずに涼介は話し掛けてくる。
「加山が見てる場所って『ガルダ』じゃん。加山、あそこに行く気か?」
『ガルダ』は聡太が行方を眩ませたあの場所のことである。ガルダ……『神の乗り物』など誰が名付けたのだろうか。
この時、夏海は小さな違和感を抱いた。だが急に湧いたそれの正体がいまいちはっきりせず、何とも歯痒い気持ちに陥った。
「あなたに関係ないでしょ。それより何? 用がないなら話し掛けないでくれる?」
「冷たいなぁ。これ、地学の
「そ、ありがとう。そこに置いといて」
夏海はまた涼介をちらりと一瞥してそう言うと、再三地図に目を配った。涼介は穴が空きそうなほど地歴書を眺める夏海に「じゃあ、ここに置いとくからな」と言い、A4サイズの茶封筒をそっと置いた。
「なあ、加山」
「なに?」夏海は依然として地図を見ている。
「あの場所にだけは近づくんじゃねえぞ」
それだけ言うと涼介は図書室を出て行った。
夏海は、背中でそれを見送ると茶封筒を素早く手に取り、周囲に誰もいないことを確認すると、中身を取り出した。そこにはジップロックに入った、色褪せて表面がボロボロになった紙切れと、プラスチック製の容器に1センチメートル四方くらいのマイクロチップが入っていた。
──これで、これでやっと聡太を探しに行ける。
先程感じた違和感はとうにどうでもよくなっていた。
夏海は紙切れとマイクロチップを慎重に茶封筒に戻した。それを丁寧に鞄にしまうと、地歴書を返却boxに突っ込み、その場をあとにした。
足速に図書室を出て階段を下りて行く夏海を、廊下の隅から人影が覗くように見つめていた。
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