Episode 1

#1

 あの日、あの鉄格子の向こう側。『絶対に行ってはいけない』と父に釘をさされていた『keep out』と書かれたテープ群の奥の奥。

 聡太が走り去ってしまったあの後、夏海は日暮れまで彼を待っていた。しかし、一向に戻ってこない聡太に、夏海は痺れを切らせて家に帰ったのだった。


 結局、聡太が門限の18時を過ぎても家に帰らないので、不審に思った父が聡太の友人宅に片っ端から連絡したのだ。その後警察が出動する事態となったが、始終聡太は見つからなかった。


 夏海は目まぐるしく人が自宅に出たり入ったりを繰り返している時、『なっちゃんはお兄ちゃんがどこに行ったか知らないか?』と父である敏明としあきに訊かれたが、知らないとかぶりを振り続けた。


 夏海は迷っていた。まだ幼かった彼女は、言い付けを破ったことで大人に怒られるのが凄く怖かったのだ。事が大きくなるにつれ、夏海の口は深く閉ざされていった。

 気付けば加山聡太が『行方不明』とされてから10年の月日が過ぎていた。失踪宣告が出され、世間的に見れば聡太は既に死んでいた。


 父は毎日のように聡太の顔写真が貼られたビラを商店街やら駅前やらで配布していた。小学4、5年生くらいの子供に鬼の形相で聞き込みをして警察に注意される事もしばしばあったようだ。『お気持ちは良くわかりますが、あまり小さい子供を長い時間質問攻めにしてしまうと可哀想じゃありませんか? 親御さんにも不審者じゃないかと怪しまれてしまいますよ。それに、少なからずあなた方が怖いからと被害届を出す人までいる始末でして……』と。


 行方不明となったその日から最初一週間ほどはそれらしき情報があったが、どれも信憑性に乏しく、月日が経つに連れ聡太の存在はこの世界から忘却されていった。


 夏海は何度も何度も両親から繰り返しあの日の事を質問されたが、何度も否定した事を今更肯定できなかった。


 聡太は今どこで何をしているのだろうか。それとも、既にこの世にはいないのだろうか──。


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