第32話 白銀(4)
終わらないものがないように、祭りも終焉を迎える。
本殿の奥に白銀と黄蝶は姿を消し、あれほど降っていた雪が小降りになっていく。
人々は熱から醒めたように、ぽつり、ぽつりと帰り支度を始める。
時刻は、もうすぐ零時になろうとしている。
間もなく、日付が変わる。
雪は止みかけているが、風は強い。ざわざわと吹く風が境内の木々を揺らす。
「大丈夫?」
透流は揚羽の頭に積もった雪を手で払う。
「トールも」
彼女がつま先立ちで、透流の頭に手を伸ばす。
「このまま、キスしようか」
「……どうかと思うよ」
そう言いながら、揚羽は周りを見回してから、軽く透流の唇に触れた。
再び雲の切れ間から、月が顔を覗かせる。
銀白色に輝く月が、二人を見下ろしていた。
「銀月の夜だ」
透流が感嘆の声を漏らす。
「さあ、行こう」
その透流を、揚羽が促す。
ただ、揚羽の横顔を見つめていた。銀の月に照らされ、色白の肌がつるりと輝く彼女の横顔は、たとえようもなく美しかった。
透流が視線を向けると、揚羽もこちらを見つめていた。
積もった雪で足下が悪い。転ばないように手を取り、並んでゆっくりと歩いた。
薄く淡い月の光だけが頼りなのに、彼女の足は迷っていない。
「初めて」
揚羽が微笑む。
「こうしてトールと二人で銀月の下を手を繋いで、歩いてる」
「七年前は?」
寒空の下、彼女の手は冷たい。それでも、握り続けているうちに温かさを取り戻している。
「……そんなの、恥ずかしくて繋いでるわけないよ」
「そっか。僕たちが付き合い始めたのは、その時か」
まさか自分がその当日から手を握れたとは思えない。
「僕は、どんな風に告白したの?」
先ほどは七年前のことをつぶさに聞いていない。そればかりは、気恥ずかしかったからだ。
「えーと、トールはね」
思い出し笑いをして、揚羽が七年前の白銀祭りの想い出を語る。
祭りに誘ったのは揚羽だ。でも、告白したのは透流だった。
透流がいかに臆病で、勇気がなくて、言い出そうとしていつまでも言い出せず、その言葉を待ちくたびれてしまった頃、もう白銀役も黄蝶役も境内の奥へと姿を消して、祭りも終わりを迎えた頃になって、ようやく透流は震える声で、揚羽に好きだと伝えたのだった。
「わたしが勇気を出して誘ったんだから、絶対に告白を受けるに決まってるって分かっていたはずなのに」
不満そうに揚羽が口にする。
「僕だから、仕方ないよ」
「……確かにトールだから、仕方ないか」
顔を見合わせて、小さく笑うと、
「でも、最後はちゃんと好きだって言ってくれた。あの瞬間から、わたし達の時間は動き出した」
揚羽は再び、空を見上げる。
「だから、今夜はトールと恋人として過ごした初めての白銀祭りだったんだ」
そして、最後の――という言葉を、きっと彼女は飲み込んだことだろう。
二人が歩むこの道は別れへと続く道だ。
「わたしは、この世界の住人じゃなくて、帰らなきゃいけない場所がある。そこには、家族や友達が待っていて、そして、いずれわたしが医師となって、助けることのできる人たちが待っている。たとえ、トールがいなくても」
「僕は、この世界で生きていく。君がいない世界だけど、僕を待っている人が……教え子となるはずの子供たちがいる」
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