第24話 茜雲 (3)

 回廊を南側に回る。

 金宝山の下、左側に見えるのが白銀神社だ。

 山陰に隠れてしまい、ここからでは全容は明らかではないが、子供の頃から馴染みの深い場所だから何となくの形は分かる。

「もう、すぐだね」

 先日、ようやく一緒に祭りに行く約束をした。

「うん」

 茜が短く返事をする。透流と同じく、神社の方を見つめている。

「ご飯を食べたのは、あの辺かな」

 さすがに『椿』の店舗を見分けることはできないが、場所は見当がつく。

「また、行きたいね」

「うん」

 さらに視線を南に向ける。

 冬の靄に煙っているが、駅の傍の高層ビルははっきりと分かる。

 駅で電車に乗って、鳴海市の水族館まで二人で行った。

「高木さんの家も、あの辺りなの?」

「うん、今は……そうかな」

 曖昧な返事に終始する。

 西に目を向ければ、そちらは猫カフェがある方だ。

 ショッピングモールは、大きく据え付けられた赤い看板で確認できる。

 きっと今日も混んでいることだろう。

「また、猫カフェに行きたい」

 鳴海にあるカフェに行く約束は、まだ果たされていない。

「うん。また、あの猫たちに会いたいね」

「僕たち、結構、色々な所に行ったよね」

「でも、まだまだだと思う。二人で行っていないところはたくさんあるし、一生かけても全てを旅することはできないくらい、わたし達が住む世界は広すぎる。

 世界の料理を全部食べたくても、世界の本を全て読みたくても、世界の可能性を全て知りたくても、わたし達は、そのほんの切れ端さえ触ることはできない。……七年という時間では、到底足りなかった」

 最後は嗄れたような声で、茜が呟いた。

「たとえ、そうだとしても。一人より二人の方が、二倍の速度で旅することができる、食べることができる、読むことができる、そして知ることができる」

「そうできたら……良いな」と茜は静かに答えた。


「高木さん、一緒に写真を撮らない?」

 宗宮市街を一望する場所で、透流は申し出る。

 前に一度断られてから遠慮をしていたが、今日は初めの一歩を踏み出す日だ。

 スマホを取り出して、自撮りの要領で自分に画面を向けて構える。

 あとは、隣に茜が立てば並んで写真が撮れる。

「……うん」

 悩んだ後、茜が小さく頷いて透流の横に来る。

 実は自撮りは初めてで、自撮り棒があるわけでもなく上手く画面に収まらない。

 見かねた周りの人が「撮りましょうか」と言ってくれて、その言葉に甘える。

 透流と茜は顔を見合わせ、恥ずかしそうに微笑む。

 その瞬間が、透流のスマホに収められた。

 画面を見て、茜が「いい想い出になった?」と小さな声で呟いた。

 今にも泣き出してしまいそうな掠れた声だった。

 もう、この瞬間しかない。透流は、その決意を口にする。

「高木さん」と、彼女の顔を正面から捉える。

 声が上ずっていないだろうか。顔が赤くなっていないだろうか。

「僕は、……君が好きだ」

 震える声で、透流は告げる。

「恋人として、二人で祭りに行こう。今年も、次も、その次も、ずっと。僕はこれからも高木さんと二人で、この世界を歩んでいきたい。この町で、これからも一緒に暮らしたい。生きていきたい。僕は高木さんが好きだから」


 上手く話せたただろうか。

 思いは伝わっただろうか。

 気持ちは通じただろうか。


 周りの人の話し声も。

 木枯らしの吹く音も。

 遠く響くざわめきも。

 すべては、消え去る。


 ただ、目の前の彼女だけを見つめていた。


 彼女の大きな双眸が。

 彼女の柔らかな頬が。

 彼女の桜色の口唇が。

 動くのを、待った。

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