第21話 逃水(5)
大学で会った後、約束の土曜日までの四日間は、あっと言う間だった。
一度は茜が透流のバイト先を尋ねてきた。
夜、レジで接客をしていたら、
「これ、下さい」
カウンタ越しの女性の声はよく知るもので、視線の先には茜が笑っている。
「ここを教えたっけ?」
「本屋って聞いてたから、多分、このお店だろうなって」
確かに、透流の近所に本屋の数は多くない。
「では、八四〇円になります」
「おまけして下さい」
「無理です」
「ちぇっ、けち」
笑いながら茜が千円札を置く。
「どうして、本屋でバイトなの?」
「本はあまり読まないけど、本に囲まれているのは嫌いじゃないから」
「分かる。落ち着くよね」
「はい、一六〇円のお釣りです」
小銭を渡すとき、軽く手と手が触れあった。
「頑張ってね。また、メールするから」
本当に雑誌を一冊買いに来ただけで、茜は帰って行った。
次の日の日中、白銀神社に誘った。
祭りまで一週間を切り、既に幟が並んでいる。
平日でも明らかに人の出が多い。皆、どこか浮かれた様子でそわそわしている。
当日は一帯に交通規制が敷かれ、屋台が立ち並び、歩行者天国になる。
祭りで最大のイベントは、市内を練り歩く行列だ。
白銀役と黄蝶役に選ばれたひと組の男女が盛装に身を包み、丸一日かけて市内を廻り、そして日時が変わる頃になると神社まで戻ってくる。
それを大勢で迎え、祝福し、二人が本殿の奥に姿を消すことで祭りは終わる。
七年に一度の盛大な祭りだ。
もっとも、透流は実際に行列が帰ってくる様子を直接目にしたことはない。
十四年前は子供だったし、七年前は祭りには行かなかった。
だから、その様は写真や映像、人伝てに聞いた話で想像するよりない。
「あと、少しだね」
茜は七年前の祭りを最後まで見ていると言う。
「中学生だったから、あとで親にひどく怒られたけど。でも、大切な、とても大切な想い出になってる」
そう言うからには、誰かと一緒だったのだろう。
彼女の隣にいる見知らぬ誰か。
その姿を想像し、嫉妬する自分がいた。
もう、迷っていられない。
これまで、躊躇していた。揚羽を失ったその同じ日に自分だけが幸せになって良いのだろうか。それは彼女を忘れてしまうことに繋がらないだろうか。
でも、これ以上自分の気持ちに嘘はつけない。
たとえ、他の誰かを好きになったとしても揚羽のことを忘れる訳ではない。
「高木さん、祭りに一緒に行こう」
白銀神社を、そして奥にそびえる深い森を見据えて透流は申し出る。
「……うん」
たっぷりと間を置いて、茜が頷いた。
なぜだろう。自分の決心が受け入れられて、とても嬉しいはずなのに。
その時の茜の表情は、喜んでいるような、でも瞳の奥には拭いがたい哀しみ、寂しさが潜んでいるようで、透流は不安になってしまうのだった。
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