第13話 彩日(9)
自然と、彼女に思いを馳せる。
透流の、大切な人――星野揚羽。
中学二年生の時、透流と同じクラスにいた一人の女子生徒だ。
小柄で童顔、切り揃えた短い髪、ともすれば男子小学生と間違えられそうな、しかし中性的な容貌が見る者を振り返らせる美しさを危ういバランスで孕んでいる。
そんな少女だった。
小学校は別だったので、透流は彼女のことをあまり知らなかった。
彼女は注目を浴び、そして同時に孤独だった。
理由は、揚羽のしゃべり方にあった。
ゆっくりと、たどたどしく、幾度もつっかえ、時にはもどかしいほどでその特徴的な話し方は、中学生という集団の中で否応なく目立っていた。
『以前、荘、周は、夢の、中で蝶に、なった。ひ、らひら、と飛、んで、いて、蝶、そのも、のであ、った。自身、が楽し、くて、思いの、まま、だった。そし、て自分が、周である、ことに気、づかな、かった。急に目、が覚、めて、我に、かえって、そこには、周がい、た。私に、は分か、らない。はた、して人、間であ、る周が夢、の中だ、けで、蝶に、なった、のか。それ、とも蝶、が夢の、中で人、間になっ、たのか」
自らの言葉だけではなく、教科書の朗読などでも、その調子だった。
触らぬ神に祟りなしという感じで、揚羽に好んで近づこうとする者はなく、彼女はクラスで浮いていた。
正直に言えば、透流も初めは距離を置いていた。
密かに、彼女の声が鈴の音のように軽やかで優しくて、そのゆっくりと話す言葉を少し長く聞いているのも良いなとは思った。
それでも親しくなることもなく、友人がいない二人の中学生が特に間を縮めることもなく互いに独立している。
それだけのことだった。二年生も終わりが見え始めた、冬が深まる頃までは。
夜も更けた。茜にメールを送って、今日はもう寝よう。
『今日はありがとう。チョコレート、ごちそうさま。少しずつ、大事に食べます。
できれば、一生の宝物として、ずっと取っておきたいくらいです』
しばらくして、茜から返事が来る。
『チヨコレートは腐らなけ度、時間が立つと風味が落ちて、まずくなりみす。
早く食べて下さい』
もう一度箱の中を見ると、当たり前だが残りは一〇個。
やっぱり、一日に一つずつ食べようか。
二月一五日(木)
随分と久しぶりにお酒を飲んだせいか、今も少し頭がぼうっとしている。
酔ってしまったみたいだ。……最後、変なことを口走った気がする。
日記を書く余裕も、あんまりない。
ただ、一つだけ。
彼が好きだった人は誰だろう。
気になる。
それが、わたしだったら嬉しい。
でも、わたしのはずがない。
怖くて、結局聞けなかった。
でも、やっぱり知りたい。
チョコレートを喜んでくれた。
良かった。
一日遅れちゃったけど、渡すことができた。
彼がおいしいと言ってくれたものだ。きっと、気に入ってくれるだろう。
まるで、やり直しだ。
でも、似ているけれど全然違う。
この先は、どうなるのだろう。
一粒を 愛おしそうに 食べる唇 チョコレートを 自分に重ねる
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