第10話 彩日(6)

 茜と会えない二日間。

 日中は晴陽と遊んだり、本を読んだり、ゲームをしたりして過ごす。

 夕飯を家で食べた後はアルバイトに行く。接客、そして書店の閉店を手伝って帰宅すると一一時近い。風呂に入って部屋に戻る頃には、日付が変わる寸前だ。

 それから、茜に送るメールの文面を考える。もっとも、風呂に入りながらだいたい、今日はこんなことがあった、こんなことを思ったということを思い浮かべていて、書く内容は携帯を開く頃には決まっている。

 以前よりは悩むことは少ない。

 それだけ、慣れたということでもあるし、茜に対して安心できるようになったということでもある。

 少なくとも、理不尽に嫌われるということはないはずだという信頼、安心が持てるようになってきた。

 思い切って絵文字も使ってみた。ハートマークはさすがにまだ早いと自制して、無難に猫の絵だ。モモのことを聞いてみるついでに、語尾に付け加えた。

 それだけのことなのに、また一歩彼女に近づいた気持ちになれた。

 メールを送ると、返信は早い。

 もう寝る間際だと思うのだが、返ってこないということは一度もない。

 しかし、どれだけ慣れても不安はある。

 これだけ彼女と会うことをドキドキと楽しみにしているのは、自分だけではないかという思いは未だに胸の奥に沈澱している。

 透流が誘うから、断る理由もなく、あるいは断る理由をうまく見つけられなくて付き合ってくれているだけではないか。

 つい思ってしまう。

 手を握るよりも、もっと、先に……。

 そういう事実を作ることができれば、この不安も消えるだろうか。

 上下左右に揺れ動く心も、少しは落ち着くだろうか。

 世間一般的に三回目のデートで告白をして、キスをするらしい。

 聞きかじりの知識だが。猫カフェ、科学館と来て、明日の映画はその三回目だ。

 自分はどうするのだろうか。


 二月一二日(月)

 彼が手を握ってくれた。突然でびっくりしたけれど、とても嬉しい。

 温かくて、柔らかい。少し頼りない所もあるけれど、でもその手は大きく感じる。

 ちっとも、変わってない。

 もっと握り続けてくれても良かったんだけど、初めてなら仕方ないか。

 プラネタリウムで居眠りしたのは、ちょっと怒っている。

 でも、それだけわたしとのデートが楽しみで、眠れなかったということだろう。そう思えば、かわいらしいとさえ思えてしまう。

 ベテルギウスの話は怖くなってしまい、思わず、不安を口にしてしまった。

 燐の火という言葉にも、特に反応しなかったようだ。忘れてしまったのだろうか。

 彼と一緒にいるときは、楽しいことだけを考えていたいのに。

 ……だけど、それだけ今の彼と打ち解けることができているとポジティブに考えるべきだろう。

 明るいわたしも、不安なわたしも、どちらもわたしだ。

 饒舌なわたしも、あの頃の口下手なわたしも、本当はどちらもわたしのはずだ。

 だけど、本当のわたしって誰だろう。

 わたしは、本当にここにいるのだろうか。


 わたしには 数億年も 一秒も どちらも等しく 届かない過去

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