第2話 青空

 二月一日(木)。

 いっそ、このまま――。


「危ないっ!」

 背後で女性の叫び声が聞こえたかと思うと、手を思いっきり後ろに引っ張られる。

 立っていたその場から倒されるように退いた直後、白い乗用車がすぐ目の前を掠めて通り過ぎていった。

 道路に向かって走り出すかと思えた猫はちゃっかりと手前で立ち止まっていて、こちらを一瞥すると、すっと走り去った。

 一人で道路にふらふらと飛び出しかけた。傍からは、そう見えたことだろう。

 水原透流は、ようやく我に返る。

「あ、ありがとう」

 彼を後ろから力強く引っ張ったのは、年の頃は自分と同じ二十歳前後か。もう少し幼くも見える。大人と少女のちょうど境目にいるような女性だった。

 檸檬色のコートを纏った彼女の艶やかな長い黒髪が、寒風に軽やかに揺れる。

 二月の初日。透き通るように静かな冬の日差しの下、彼女はまるで、儚く美しい一羽の蝶だった。

 蝶は夢と現実の狭間を行き来する。そんな故事がふと思い浮かぶ。

 彼女の背は透流の肩ほど。顔立ちは童顔でどこか中性的、少年めいてさえ見えた。

 こちらを見上げる瞳は涙を湛えたように潤んでいて、透流をどきりとさせる。

 丸みを帯びた大きめの鼻が顔全体のバランスを微妙に崩しているのだけれど、それがかえって愛嬌を感じさせた。

 薄い桜色の唇は何かを言いたげに、花咲こうとしている。

 初めて見る顔であることに、間違いはない。

 それなのになぜだろう。ひどく懐かしかった。

「ほんと、危ないところだったよ。猫は簡単に飛び出したりしないから。ちゃんと様子を見ないと」

 彼女が透流の目を見据える。本気で彼のことを心配している口ぶりだった。

「ご、ごめんなさい」

「ほんとにっ」と彼女が、再び大きな声を上げる。

「ほんとにっ、ほんとにっ、ほんとにっ、ほんとにっ、ほんとにっ」

 驚くほどの剣幕で、何度も繰り返した後、

「ほんとに……………………………………良かったよ」

 絞り出すような掠れた声で、最後は涙混じりで消え入りそうに安堵の言葉を呟き、彼女はその場にしゃがみ込んでしまった。

「ご、ごめん。あの」

 困り果てる透流だったが、

「と……あなたが死んだら悲しむ人がいるでしょう? 妹さんとか。恋人、とか」

 立ち上がった彼女の目尻にはもう涙の跡はなく、戯けているような口ぶりだ。

「恋人はいないけど。まだ小さい妹がいます」

 どうして、それを知っているのだろう。

「やっぱり。と、……あなた、小さな妹がいるような顔してるから」

「……どんな顔ですか」

 名前も知らない女性と、ちょっとした軽口を叩き合っている。新鮮な体験だった。

 目の前の女性は似ていた。だから、懐かしさを感じたのだ。

《彼女》が長ずれば、きっとこんな女性になったのではないか。

 あれから七年を経て、目の前の彼女のような大人になったのではないか。

「どうかした? わたしの顔をじっと見て」

 鈴が転がるような声に、透流の心の奥にしまわれていた記憶が否応なく甦る。

 一度、その扉が開いてしまえば、連想せざるを得ない。

 話し方こそ違うが、その声音は《彼女》にそっくりだった。

「……星野、さん?」

 口の中で、その名前を小さく呟く。

 声が聞こえたのか、目前の彼女が「えっ」と小さく声を上げる。

 違う。彼女が《彼女》のはずはない。

《彼女》は、既にこの世の人ではないのだから。

「わたしを、誰かと間違えた?」

 問い掛ける彼女の顔は、なぜか嬉しそうで。

「はい。……ごめんなさい」

 だから透流の答えに、彼女のせっかくの可愛らしい唇が困ったみたいにへの字にきゅっと結ばれてしまった。

 二人の間にしばし沈黙が流れる。

 このままでは、じきに彼女と別れることになるだろう。

 もともと、ただこの一瞬、偶然に巡り合わせただけの関係だ。

 危ないところを助けてもらった恩こそあれど、それだけだ。

 離れてしまえば、もう二度と会うこともなく、透流は今日のことをいつしか忘れて、そんなこともあったと思い出すことも稀になり、再び平穏な日常に戻っていく。

 大学からの帰り道。まだ陽は高い。天気も良い。夜にバイトが入っているが、それまでは予定もない。

 まだ別れたくない。もう少し一緒にいたい。この機会を逃したくない。

《彼女》――《星野揚羽》の面影を宿す彼女に既に惹かれ始めていたのだと、透流はまだ気づいていなかった。

「名前を教えて、くれませんか」

 そこから始める。《星野》という名前が出ることを期待していたのかも知れない。

「名前!?」

 彼女は困惑した顔で辺りを見回すと、

「名前、名前は……高木、そう、高木、……茜」

 確かめるように、ゆっくりと自分の名前を口にした。

「えーと、高木さん、良かったら、その、お茶でもどうですか」

 自分でも驚くような言葉を口にしていた。

 慌てて「その、あの、助けてくれたお礼を、したいので」と付け加える。

「忙しかったら、断ってくれて構わないし、迷惑なら、その、ごめん。それじゃ」

 しどろもどろな自分が嫌になる。

 引き留めたいと思ってお茶に誘ったのに、自分から帰ろうとしてどうする。

 なんとか踏みとどまって、彼女の返事を待つ。

 その刹那が、永遠にも思えた。

 何か用事があるかも知れない。透流にはもう興味はないかも知れない。迷惑と思われるかも知れない。

 断られたら、どうしようか。不安が押し寄せる。

 でも――「喜んで」と彼女、高木茜は承諾してくれた。

 ほころんだ笑顔は、寒晴の空の下に咲いた一輪の可憐な花のようだった。

「できれば、行きたいお店があるんだけど」

 茜の提案は、透流にとってもありがたいものだった。何しろ、これまで女性と一緒に喫茶店に入ったことなど一度もないのだから。

 誘ってみたは良いものの、どこに行くかとなったら途方に暮れていたところだ。

 透流が困っていたから、助け船を出してくれたのかも知れない。



 彼女が案内してくれたのは、事故に遭いかけた場所、つまり透流の通う大学からほど近いところにあるカフェだった。

 入り口には尻尾の長い黒猫をあしらったロゴで『Cat's tail』という店名が描かれている。

 全面ガラス張りの窓際の席に二人で座る。柔らかな冬の陽の光が店内を照らす。

 透流は向かい合って座る茜の顔をまっすぐ見ることができず、落ち着きなくキョロキョロと辺りを見回していた。

 店内には女性のグループやカップルしかない。自分には縁のない場所みたいだ。

「顔色が悪いけど、大丈夫? どこか怪我でもした?」

「ううん、どこも。ただ、自分が場違いだなって思うだけです」

「そう?」

「女の子とこういう所に来るのは初めてだから、緊張しちゃってるのかも」

 つい、そんなことを口走る。

 客観的に見て、茜は可愛らしい。

 年頃の女性と二人きりというシチュエーションに縁がない透流が、どぎまぎするのも無理はない。

 何を話して良いか分からず、注文もしないといけないのでメニューに目を落とすと、洒落た名前の飲み物が並んでいる。

 スイーツも名前からは想像もつかない物もある。ケーキは分かるけれど、マカロンって何だろう。写真を見ると小さなどら焼きみたいだ。

「好きな物を頼んで下さい」

「じゃあ、遠慮なく。うーん、でも、迷うなあ」

 彼女は随分悩んでいるようだ。それもまた可愛らしい。

 やがて「決めた」と頷くと、タイミング良くひらひらの制服に身を包んだウエイトレスが注文を取りに来る。

「アイス珈琲と、チョコレートケーキをお願いします」

「カフェモカのホットと、マカロンを」

 茜は透流が気になった、そのマカロンを注文した。

 頼んだものが出てくるまで時間が空く。

 さて、今度こそ何を話したら良いのだろう。透流は困ってしまう。

 茜は黙ったまま透流を見ている。

 怒っているのか、退屈しているのか、悩んでいるのか。判断がつかない。

 まずは天気の話題が無難だろう。

「今日は良い天気だね」

 この数日、穏やかな日が続いている。もともと、ここ宗宮市ではあまり雪は降らないが、それでも今年は少ない。何度かちらちらと風に舞った程度だ。

 大雪は困る。かと言って、いつまでも降らないのも何か物足りない。やはり温暖化、異常気象なんだろうか。

 そんな話をしていると、彼女がぽつりと切り出す。

「ところで」

「は、はい、なんですか」

「名前を教えてくれないかな」

「あっ、えっ? ご、ごめん、そうですよね」

 先に彼女の名前を聞いていたのに、まだ自分は名乗っていなかった。

「水原です。水原透流」

「どういう字?」

「水の原っぱ。あとは透明な流れで透流です。ちょっと変わっているけど」

 透流は自分の名前があまり好きじゃない。

 透明で、流される。まるで、自分なんてものが何もないみたいだ。

 そして、それが当たっているからこそ自分の名前が好きじゃないのだろう。

「そうかな? とても綺麗な名前だと思うよ。透明に流れる。空みたいで、海みたいで、雲みたいで、星みたいで、素敵じゃない。水原っていう苗字にも合ってる」

 普段ならお世辞にしか聞こえないその言葉も、しかし茜が言うと不思議と心から思っているように聞こえる。

『と、ても綺麗な、名前だ、と思い、ます』

 かつて同じように言ってくれた《彼女》のことを思い出し、再び茜に面影を見る。

 そのまま簡単に自己紹介をする。

 近くにある宗宮大学の教育学部に通う三年生であること。大学はもうすぐ春休みに入る。その直前、週明けから定期試験があって、今は頭が痛い。

「試験。そっか、試験か」

 今更、思い出したかのように茜が一人で頷く。

「高木さんも、宗大ですか?」

「うん。医学部の三年生」

 三年生ということは、浪人でなければ同い年か。

「じゃあ、どこかですれ違っていたかも知れないですね」

「かも知れないけど、広いキャンパスだから」

 透流たちが通う大学は県下では一番大きな国立大学だ。地元からの進学者が多い。彼女も、この辺りの出身なのだろうか。

 そこへ注文した品が運ばれてくる。

 頼んだチョコレートケーキは、甘すぎないしっとりとした味わいが気に入った。

「それが、マカロンですか」

 茜の前に置かれた小さな皿の上には、写真で見た通りの小さなどら焼きみたいな、でもピンクや黄色、オレンジといった鮮やかな色をしたお菓子が数個載っている。

「マカロン、知らない?」

「恥ずかしながら」と答えると、茜がくすりと笑う。

「もしかして、常識……ですか」

「どうかな。男性なら知らなくても不思議はないとは思うけど。知らない、……そっか、知らないのか」

 確認するように呟く。それから透流の前に置かれたグラスを指して、

「水原君は冬でもアイスなの?」

「これも変ですか。ホットも飲むけど冷たい方が好きなんです」

「分かる、分かる。わたしも、冷たいものを飲むことが多いから。同じような好みの人がいて、ほっとする」

「もしかして、今のはダジャレですか?」

 自然とそんな言葉が口をつく。

「うん?」と首を傾げてから、それに気がついたのか、

「……偶然」

 下唇をきゅっとして、拗ねたように俯いてしまった。

 しまった、と慌てて透流が「すみません、そんなつもりじゃ」と言うと、

「怒ってないけどね」

 また戯けたように、花が咲くような笑顔を見せてくれた。

 不思議だ。透流は決して、初対面の女性に軽口を叩くようなタイプではない。

 たとえ同年代でも、常に丁寧語で距離を置く。

 それが彼女に対しては、最初から知り合いだったかのような親近感を覚える。

「少し食べてみる?」

 茜は一つと半分残っているマカロンのうち、半分の方を透流の皿へ置く。

「……えっ」

 透流が手を出すのを躊躇すると、

「もしかして、嫌い?」

「食べたことがないから、嫌いも何もないですけど」

 せっかく、彼女が薦めてくれるのだから食べてみたい。

 しかし、まさか食べかけを取る訳にも、かと言って勝手にまるまる一個残っている方を取る訳にもいかない。

 茜は何も気づいていないようなので、透流は仕方なく残りを指さし、

「オレンジの方を半分もらえますか?」と頼む。

 彼女は「ああ、そうだよね」と少しばつが悪そうな顔をして綺麗に割ってくれた。

「おいしい」

 外側のさくっとした歯触りと、中のふわっとしたクリームが口の中で混ざると、ほのかな甘みが広がる。適度な塩味がアクセントになっていて、それがまた良い。

「気に入った? 良かった」

 自分のケーキも残っている。お返しと言いたいけれど、馴れ馴れしいだろうか。

 おいしそうに残りのマカロンを食べる茜を見ると、もっとその顔が見たいと思う。

「高木さんの分のケーキも頼みましょうか? 今日は僕のおごりだから、好きなものを食べて下さい」

「どうしようか……」

 迷っていたが、透流がまだ食べ終えていないチョコレートケーキを指して、

「それを少しもらっても、いいかな」

「どうぞ」

 透流が口を付けていない側を向けて、彼女の方に皿を押す。

「ありがとう」

 茜の口元がまたほころぶ。でも、すぐにへの字になって、

「ああ、フォークがないと食べられないか」

 確かにそうだ。マカロンは手で持って食べられるが、ケーキはそうはいかない。

「店員さんを呼びましょう」

 透流が声を掛けようとすると、

「ううん、大丈夫。貸してくれる?」

 自然な流れで、透流が使っていたフォークを手に取ると、一口サイズに切り分けて、口の中に入れる。もぐもぐと可愛らしく口を動かして、飲み込んだ。

「おいしい。久しぶりの友人に会った気分」

 その笑みはとても素敵だけれど、透流は何も言えなかった。

「……良かったの?」

 さっきの食べかけのマカロンと言い、そんなに無防備で大丈夫だろうか。

「何が?」

「その、僕のフォークで……」

 ためらいがちな透流の言葉に、初めて気づいたように茜は「あっ」と声を上げる。

「つい、その、いつもの癖で……」

 彼女は店員に代わりのフォークを持ってきてもらう。

「ごめん……ちょっと、無神経だったよね」

「僕の方こそ、なんか、ごめんなさい。責めるつもりじゃないんです」

「分かってる。わたしが、うっかりしてた」

 申し訳なさそうに微笑すると、さらに彼女は目を伏せて恥ずかしそうに、

「あの、……やっぱり、もう一つ、頼んでも、良い、かな?」

 その申し出には、喜んで応じる。ただ、いつもの癖という言葉が気になった。

 追加のチーズケーキを切り分けて、一口ずつ口にしながら、

「もう少し、と、水原君のことを教えてくれる?」

「僕のことですか」

 そう言われても、自身のことで特に語るべきことなどあっただろうか。

「住んでるのは、宗宮?」

 黙ってしまった透流に、彼女が水を向けてくれる。

「はい。生まれも育ちも宗宮です。高木さんも?」

「うん」と彼女は、短く頷くと、

「どの辺り?」

 再びの問いに透流は目印になる施設の名前を挙げて答える。

「家族と一緒に?」

「はい」

「家族構成は?」

「今は両親と妹の四人で暮らしてます」

 まるで、職務質問を受けているみたいだ。

「妹。……さっきも、そう言ってたね」

「歳が離れていて、まだ四歳で……とっても、可愛いです」

 妹に話が及ぶと、ついつい口元が緩んでしまう。まだ幼い妹の晴陽は、家族三人にとってのアイドルだ。

「写真、見せましょうか」

 返事も聞かずに透流はスマホを彼女に向ける。もちろん、待ち受けになっている。

「晴陽ちゃん、可愛い」

「ふふふ、天使みたいでしょう」

 これじゃあ、押しつけがましい変な人だ。

「高木さんはきょうだいはいないんですか?」

「わたしは、一人っ子。ところで、水原君はペットは飼ってないの?」

「飼ってみたかったけど、結局、きっかけがないままで。妹がもう少し大きくなったら、何か飼いたいって言うかも知れないです。その時は猫が良いですね」

「飼ってない、か」

 茜は確かめるように繰り返すと、それから透流が聞くより先に、

「わたしも猫を飼ってるよ。ちょうど七年になるかな。写真は……ああ、そうか。今は……持ってない」

「猫! じゃあ、今度、写真を見せて下さい」

「あ、ああ、ごめん。でも、きっと、いつか……多分」

 何気なく言った透流に対して、なぜか消え入りそうな声になった。

 そんな様子は一瞬で、茜は初対面とは思えないほど親しげな口調を続ける。

 本来、透流は馴れ馴れしい相手は苦手だ。

 しかし茜に対しては、そのような気持ちは抱かない。むしろ、自然に接してもらえて嬉しいと思う。だから、思い切って自分も距離を縮めてみる。

「どんな猫……なの?」

 口調を砕けたものにする。それだけでも、透流にとっては冒険だ。

「名前はモモ。真っ黒で毛が長いの。体重は五キロくらい。可愛い名前だけどオス。

 捨て猫だったせいか人見知りで、家族以外の人を見るとすぐに逃げちゃう。そんな感じの猫、かな」

「……モモ? 高木さんの猫はモモって言うの?」

 透流は自分の冒険の結果よりも、彼女が口にした猫の名前に気を取られる。

「うん。……どうかした?」

「いや、何でもないよ。知ってる猫と同じ名前だったから、つい」

「そんなに珍しい名前じゃないからね」

 確かにそうだ。偶然だろう。

「一度、会いたいな。……でも、僕も逃げられるか」

「そんなことない。水原君なら大丈夫だと思うよ。きっと」

 彼女はあまり自分のことを話したがらない。自ら乗り出すように話したのは、飼い猫の話くらいだ。

 住んでいる場所や、家族のことなどは避けているようで話を逸らしてくる。何か事情があるのだろうか。まだ深く聞けるような間柄ではない。

 話すうちに、姿や声の質こそ《彼女》にそっくりだけど、話しぶりや性格は《彼女》とはだいぶ違うことが分かってきた。

 《彼女》は、無口で大人しく、ぽつり、ぽつりとした話し方が特徴的だった。

 目の前の茜とは全然違う。それでも《彼女》を思わざるを得なかった。

 透流は楽しかった。茜がリードしてくれるとは言え、自分が女性と会話を続けようと努力していること自体に驚く。それは新鮮な喜びだった。

 しかし、時間は普段と同じように流れていく。

「もうこんな時間……」

 彼女に言われて外を見ると、いつの間にか陽が落ちて陰り始めていた。冬の夕暮れは早い。時計代わりのスマホに目を落とすと、一七時を少し回ったところだった。

 帰って早めの夕飯を食べて、それから夜番で閉店までのシフトだ。

 茜とは二時間近く話していたことになる。その長さと、体感時間の早さに驚く。

「今日は、僕が払います。本当にありがとうございました。おかげで、助かりました。高木さんは命の恩人です」

 茜が透流を助けなかったら、車に轢かれていたかも知れない。

 そうなれば、この出会いはなかった。その現実に感謝する。 

「じゃあ、お言葉に甘えるね。ごちそうさま」

 茜が素直に頷いてくれて、透流はほっとした。

 席を外すと言う彼女がいない間に、レジで会計を済ませる。

 茜が追加で頼んだ分を合わせても手頃な値段だった。彼女と一緒にまた来たいと思う。

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