王の予知

 平和なウェーザーにおいて近衛隊長の仕事とは、かつてのそれに比べてずいぶん軽減された。しかしながら国王と王妃のせいで、全く心穏やかにというわけではない。良からぬ輩は、些細な隙を狙ってそこかしこに潜んでいるのだ。

 日々の雑務を終えてようやく床についたのはすでに深夜、みな寝静まっている。

 しかしニコラス・ノイエンは枕元の剣を引き寄せ、息をひそめた。部屋のすみに漂う不穏な気配。あやしい影はふらふらと部屋を彷徨い、やがてじっとニコラスを見下ろした。

(いい度胸だ)

 間合いを計り、柄に手をかける。

「……斬らないでください。私です」

「ん?」

 声の主に覚えがあった。国王フラン・ヨエル・ウェーザーだ。

「あんた、こんな時間に何して……」

 起き上がったニコラスは言葉をなくした。

 見下ろす国王の顔はいつにも増して青白く、身体は薄く透け、足元が消えているではないか。

「……とうとう死んだのか」

「いえ、まだ生きています。ただ、力を使いすぎて動けません」

 ニコラスはうんざりとため息をついた。

 精霊の力を受け継ぐウェーザー王は、その体内に強い魔力を持つ。動けなくなるほどの力の消費とはいったい何事か。そしてわずかに残った力を使ってまで思念を飛ばし、知らせなければならない火急の用とは。

「すみません。アナベルのいたずらを止められませんでした。ニコラス、今すぐあなたの隊をベリンダに向かわせてください」

「馬鹿を言うな。俺の隊が城を空けたら、誰があんたを護るんだ」

「ウェーザー軍はそれほど惰弱ではありません。数日くらい近衛が不在でも……」

 外敵ならば不安はない。だが、最大の敵は城内の、一番国王に近いところにいるのだ。それがわからないほど愚かなのか。

 フランは悲しくほほ笑む。

「具合のいいことに、アナベルは私に興味がありません。どうぞご心配なく」

 王妃はそうであっても、つけ入る不届き者は必ず現れるだろう。この任務は承服しかねた。

「悶着している時間はありません。とにかく、すぐに水と食糧、それに医療品を積み込んで出発してください」

「……何があった?」

 ベリンダといえば、西の国境の街アリーセに近い。昨夜、黄金の王の運命の乙女が見つかったという……

「まさか、黄金の王が!」

 幾度となく都市を壊滅させた、あの災厄の王が再び暴走したのか。

 黄金の王にあこがれる王妃、彼女のいたずら、運命の乙女の出現、大災害、それらが一連することならば。嫌な予感が胸をよぎる。

 ニコラスはベッドを飛び降り、素早く軍服に着替えた。

「それで、黄金の王はどうすればいい?」

「運命の乙女とともに、王都にお連れしてください」

「逮捕か招待か」

「お任せします」

 その判断を委ねられるのは、ニコラス以外にはいない。

「姉上が怒り狂っていなければいいのですが」

 フランがため息まじりにつぶやくと、ニコラスはやれやれと肩をすくめた。豪気な王姉殿下の八つ当たりだけは御免こうむりたい。

「まったく、世話の焼ける王様たちだ。いいか、俺が戻るまで寝込んでるとか何とか適当に言って、絶対に部屋から出るなよ!」

 悪態をつきながら、ニコラスは部下をたたき起こし出かけていった。

「……どこにいても、狙われる時は狙われるのですが」

 やれやれと肩をすくめ、闇に溶けるようにして消えた。

 誰もいない部屋で、静かにカーテンが揺れる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る