Episode25 追う者、追われる者

「……マレウスを見つけました。 男と一緒です……シュッツヘルかと」


「アマルティア……。 まだエデシアに?」


「おそらく。 連れの者が姿を消し、それを探しているかと……」


「なにか、気になることでも?」


「……サリッサ・ウーデンと話していました」


「なにを話していた」


「マレウスを、殺そうとしているようでした。 しかし、そのまま去りました」


「……ピュニシオンを持っていたか?」


「はい。 間違いありません」


「そうか……。 まだ、アマルティアを狙っているようであれば、殺せ。 サリッサは脅威になりかねない」


「わかりました。 ジャヌはどうします?」


「手を出すな。 あいつは必要だ。 それに、お前に対処できる相手ではない」


「私では、ジャヌに勝てないと?」


「そう言っている。 シュッツヘルにも手を出すな」


「……わかりました。 エデシアへ戻ります」




―夜明け前のエデシア―


太陽が顔を見せる前の、瑞々しい空気が漂う。


「そろそろ聞かせてくれないか? エデシアになにをしに来たんだ」


しつこい男は嫌われるとはよく言ったものだ。

背広の男は長々と私に付きまとい、遠回しに同じ質問ばかりしてくる。


「名前も知らない奴に、答えるとでも思ってるのか?」


私の言葉を聞き、男は目を丸くし、咳払いをした。


「これは失礼した。 私はヴァイゼン、 ヴァイゼン・クルーク」

「ヴァイゼン、お前の質問に答えるつもりはない」

「待ってくれ。 私は名乗った。君の名も教えてくれないか?」

「……マレウスだ」


私を追っている者に名を教えることなどしたくなかったが、教えないのも不審に思われる。

疑われるような真似はできない。

協力的な態度を見せたいが、それによって墓穴を掘らないかが心配だ。

ヴァイゼンがこの世界においてどういった役割を担っているのかは定かではないが、私にとって都合の悪い人間なのは確かだ。

慎重に言葉を選び、行動する必要がある。


「マレウス、君に声をかけたのは、他の人間には無いなにか特別なものを感じたからだ」

「そう言われて嬉しいが、ここには旅の途中で寄っただけなんだ。 あそこに部屋をとってて、外が騒々しいから出てきただけだ」


ヴァイゼンはルーエンを一瞥し、ため息を漏らした。


「そうか。 時間をとらせてすまない。 しかし、犯人はこの手で必ず捕まえたい……宿を尋ねるかもしれないが、構わないかな」

「……好きにしてくれ」


ヴァイゼンは私の顔を記憶するようにじっと見つめたのち、人混みに消えていった。

額に滲んだ汗を拭い、息を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

緊張と焦りに震える身体を落ち着かせようと、必死だった。


遠目からチラチラと私を見るアルバノスは、こちらへ来いと私に手を振ってみせた。


「あの男はなんだ?」


大きな顔をすぐ横まで近付けてアルバノスが言った。

私は一歩、アルバノスから距離を取った。


「名前はヴァイゼン。 殺人犯を追ってるんだそうだ」

「新たな脅威と言うわけか。 ヴァイゼン……用心せねばな」

「アルバノス……お前はこの件には関わっていないだろ。 気にすることは……」

「例え俺が直接的に関わっていなくとも、俺にも責任がある。 それが仲間というものだ」


目を大きくし、力強く言うアルバノスは私の顔をまっすぐに見た。

アルバノスは、私が思っている以上に皆のことを思っている。

ルーエンに部屋を借りるのも、アルバノスがいなければ叶わなかったことなのに、私はその恩を返すどころか、厄介事に巻き込んでしまった。

罪を犯していない者が、仲間の犯した罪を自ら背負い、行動を共にしようと言うのだ。

生半可な覚悟ではできないことだ。アルバノスの意思の強さが、痛いほど伝わってきた。


「……ありがとう」

「今更なんだと言うんだ。 俺は、俺にできることをしているだけだ。 お前達には腹が立つこともあるが……これまでも、これからも、仲間ではないか」


この世界で涙腺が緩んだのは初めてだ。その相手がアルバノスになろうとは、神であろうとも予期していなかっただろう。

私の涙は枯れたと思っていたが、そう簡単に人の涙は無くならないらしい。

あくまで、今は涙腺が緩んだだけだが。


「それはともかく……この辺の者はカトリーネとクレデリアの姿は見ていないそうだ」

「エクレールは?」

「この先にいると思うが……なにか情報を得ているかもしれん、探そう」


アルバノスを先頭に街の中心部へと進んだ。


現実世界での〝朝市〟と言ったところか、早朝にも関わらず既に多くの露店がひしめき合っている。

活気ある通りを眺めながら私はふと思った。これほど大きな街であれば〝闇市〟も存在するかもしれないと。盗品を一刻も早く金に換えたかった。殺人の証拠など持っていたくない。

そんなことを考えながらしばらく歩いていると、前方の店にエクレールの姿が見えた。なにやら店主と揉めているようだ。


「エクレール。 なにがあった? なにをそんなに揉めている」

「1000アリンで情報を売ってやると言われたの」

「それで、情報は手に入れたのか?」


エクレールはアルバノスに向き直り、両手を大きく広げた。


「情報を得てれば、こんなに言い争うこともないわ! 見て分からないの? 私はちゃんと1000アリンを渡したのよ! でもこの人、それほど重要な情報だったら、もう1000アリン上乗せで渡せと言い出したのよ! あり得ないでしょ! これじゃ詐欺師と一緒よ!」


早朝から怒声が響く市場も、そうあるものではない。

普段見ぬ光景に困惑の表情を浮かべる者もいれば、面白がって笑いながら見物している者もいる。

他人の不幸は蜜の味。争いや揉め事を好んで見る人間は多いが、悲しいことだ。

確かに、他人の不幸を見ることで自分が救われることも少なからずはあるだろうが、それは自分自身の心を汚してしまう。霞んだ心に輝きを取り戻すことは、非常に難しいことなのだ。

今までにそんな人間を何人も見てきた。

私自身も、心が霞んでしまった人間の一人だ。


エクレールと店主の言い合いをただ黙って見ながら、私は脳裏に深く刻まれた過去の出来事を思い返していた。

仲間の揉め事を静観している私は、周囲から見ればとても不思議だろう。


「マレウス! なにを突っ立っている! このままでは警備隊が来てしまうぞ!」


アルバノスは私の肩を鷲掴み、身体を激しく揺さぶった。

この状況で私はなにをしているのだ。過去を振り返っている場合ではないではないか。

とっさにエクレールと店主の間に飛び込んだ。


「あいにくだが、1000アリンは持ち合わせていない。 ……これでどうだ?」


店主は私の差し出した大きめの指輪を受け取り、品定めを始めた。

金の装飾に、綿密な彫りが施された指輪、間違いなく高価な物だ。1000アリンどころの代物ではないだろう。

アルバノスはエクレールを店主から引き離し、険しい顔でなにやら話している。

しばらくして、店主が笑みを浮かべた。

予想もしいなかった高価な物を手中に収めたことに、さぞご満悦なことだろう。

だが、この指輪は盗品で、持ち主は死んでいる。

指輪にその怨念が宿り、店主になにか起こったとしても……知ったことではない。

これは取引だ。


「教えてくれ」

「あんたらが探しる人は向こうに行ったよ。 妙な雰囲気だったよ、最初にきた二人は重苦しい感じで、それを追うようにルーエンの嬢ちゃんがコソコソと……」


店主は指輪を自分の指にはめ、至高の喜びを感じているのか、高ぶった口調で楽しげに話す。

これで一人の男の人生に華が咲き乱れるのであれば容易いことだ。


「ありがとう。 指輪、似合ってるよ」


アルバノスとエクレールを呼び、店主から引き出した情報を説明した。


「本当に向こうに行ったと言ったの?」

「間違いない、そう聞いた」

「そんな……」


エクレールの表情は瞬く間に険しくなった。


「リゲイリア地区……。 あそこに用があるのはヤバい人達だけよ」

「どういうことだ?」


困惑と不安が溢れ出る顔で、エクレールは私に向き直った。


「犯罪の温床地帯よ。 あんな所に行ったら半日……いえ、1時間だって安全ではいられないわよ。 とにかく、リゲイリアはヤバいのよ」

「だが、二人はそこへ行ったんだろう? ならば、行くしかない。 クレデリアは助けを待っているに違いない。 ……カトリーネもな」

「カトリーネ? ……あなた達の仲間ね」


アルバノスが〝クレデリア〟と口にする度に〝男〟が成長しているように見えた。

力の源となる者がいるのは素晴らしいことだ。

不可能だと思うことも可能にし、自ら危険に飛び込んでも正義として帰還する。


「とにかく、そのリゲイリアって所に向かおう。 手遅れになる前にな」

「あなた達はリゲイリアがどんなに酷い場所か知らないから、簡単にそう言えるのよ……」

「では、お前は残るんだ。 俺とマレウスは、問題事には慣れている。 それに……この世界はマレウスの……」


アルバノスが次の一言を口にする前に話を遮った。


「エクレール、あとは俺達に任せてくれ。 身を危険に晒すことはない。 だから……」

「私をただの女だと思ってるのね! あなた達がどこの誰だかは分からないけど、私は強いわ。 それにクレデリアは〝妹〟よ! 放っておける訳がないでしょう」


エクレールの突然の豹変ぶりに私とアルバノスは目を丸くした。

そして、アルバノスは戸惑ったように口を開いた。


「な……い、妹? クレデリアの、姉なのか……」

「そうよ」

「いや、その……そうとは知らずに、失礼なことを……姉とは……」


先程までの威勢はどこに消えたと言うのだ。

確かにクレデリアの姉だとは驚きだが、アルバノスの変わりようにも驚きだ。


「気にしないで。 私のことを心配してくれたんでしょ。 それに、妹の為に身を投げ出すあなたは気に入ったわ」

「それは……嬉しい限りだ。 だが……俺は、クレデリアとはなにもないんだ……」

「当然でしょ。 妹の好みじゃないもの」


天高くから、降り注ぐ一本の強烈な稲妻が、アルバノスの脳天を撃ち抜く。


「好みでは……ない……。 ……そうか」


アルバノスにとって、エクレールの言葉は渾身の一撃だったに違いない。

みるみるうちに力が抜けるアルバノスが切なくてならない。

どう言葉を投げかけてやれば良いか……いや、投げかける言葉などない。

余計なことは言わず、今はただ見守るのが、最高の処方箋だろう。

〝口は災いの元〟だ。


呆然と立ち尽くすアルバノスを正気に戻し、私達はリゲイリアへ向け出発した。




―リゲイリア地区―


荒廃した路地に吹き抜ける鉛を含んだような冷たく、重い風。

エデシアには様々な顔がある。

リゲイリアは、その中でも邪悪な部分だ。


「中心街とは、まるで別世界だな」

「イデリア地区のこと? そりゃそうよ」

「……イデリアと言うのか」


覇気がないアルバノスなど、アルバノスではない。

完全に意気消沈している。

いつも通りのアルバノスに戻るまでは時間がかかりそうだ。


「人気がないな。 リゲイリア自体が死んでるみたいだ」

「そんなとこよ。 ここは〝死〟そのものだもの」


それ聞き、不安にならない者はいないだろう。

しかし、私は興味を沸かせた。

死の地区に何が待っているのか、何が隠されているのか……それらを考えると良からぬ好奇心が湧き出てくる。

高揚感にも似たような感情。

冒険心をくすぐる何かが、ここにはある。


私は高ぶる気持ちを抑え、一歩を踏み出した。

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