Episode24 衝突する思い
「マレウス!」
ルーエンの前で私に気付いたアルバノスが、血相を変えて声をあげた。
いつものような獅子ではなく、額に汗を滲ませ、血の気の引いた顔だ。
私のいない間に一体何があったのか。
「やっとの思いでここまできたんだ……! 大声を出さないでくれ。 まわりの気を引きたくない」
アルバノスにそう唸り、私はルーエンに入ろうとした。
しかし、そんな私をアルバノスは制止した。
「待て! 話がある。 こっちへ」
アルバノスと私は、すぐ傍にある細い路地へ入った。
呼吸を整え、言葉を選ぶようにアルバノスは口を開いた。
「カトリーネが、連れ去られた。 俺が居たにも関わらず……すまない」
「なんだって? 誰にだ?」
私の様子を伺いながら慎重に話すアルバノス。
少し前まで猛獣のように敵意を剥き出しにしていた者とは思えないほどだ。
私が怒鳴り散らすとでも思っているのか。
「女だ。 背丈はお前と同じくらいで、細身。 顔は分からん、口元に革製のマスクをしていた」
「話したのか?」
「いや、話していない」
「なぜ女だと分かった? 男の可能性もあるだろう」
「それはない」
私の見間違いか、アルバノスの顔が赤みを帯びているように見えた。
そして恥ずかしそうに言った。
「……露出が、多かったんだ」
このような時に恥ずかしがっている場合か。露出度がいくら高かろうが関係ない。
カトリーネを連れ去った人物には変わりない。
「抵抗しなかったのか? アルバノス……お前の方が力はあるはずだろ」
「あの女……ただ者ではない。俺には何もできなかった」
アルバノスに勝る女……。またもや力を持った者か。
「次から次へと……」
私は額に手を当て、その場にしゃがみ込んだ。
浅はかな考えで、深みへはまってしまった。そして、事は最悪な事態にまで陥った。
己の愚かさを責め立てる。
だがいくら責めたところで過去の過ちを正すことはできない。
「ジャヌを見てないか?」
「見ていない。 あの男のことなどどうでもいい! 今はカトリーネの行方を……」
「分かってる」
アルバノスの言葉を遮り私は立ち上がった。
今はカトリーネが無事なのを祈るしかない。まずは情報を集めるのが先だ。
「クレデリアがその女を見ているかもしれない」
ルーエンへ戻ろうとする私を、アルバノスは再び制止した。
「待ってくれ。 クレデリアを巻き込むのはよせ」
「他に方法があるのか? 他の誰に聞けばいいんだ? 教えてくれ」
わたしはアルバノスに苛立ちをあらわにした。
度重なる負の連鎖に私の心は歪み、それが表へ顔を覗かせている。
冷静な行動はおろか、まともに考えもできない状態だ。
しかしアルバノスはそれを察することなく、分かりきっていることをあたかも私が知らないかのように言ってくる。
降り注ぐ槍に突き刺されているようである。
アルバノスに罪が無いのは分かっている。私が全てを招いた元凶なのも承知している。
頭では理解していても心が追いつかない。
いつもと違う私を見て、アルバノスは眉をひそめる。
わたしはそれを気にすることなくルーエンの扉を開いた。
出迎えたのはクレデリアではなく、にんまりと笑みを浮かべた美女だった。
「こんばんは。 ここのお客さん?」
「店主はどこだ?」
美女の言葉など耳に入っていない。一刻も早くカトリーネを見つけ出したい、その一心で周りを見回す。
だがそこにクレデリアの姿はない。
「クレデリアは……彼女はどこだ」
「ちょっと、私の声聞こえてないの?」
後から入ってきたアルバノスは美女を一瞥し、カウンターへ目をやる。
クレデリアの姿が見えず、少し慌てた様子で再び美女を見た。
「宿の者か?」
「私? 違うわよ。 ここのオーナーに用があるの」
「クレデリアに?」
「あら、名前知ってるのね。 お友達かなにか?」
「違う。 俺たちはここの客だ」
毅然とした態度のアルバノスを見つめながら、美女は言った。
「お客さんね。 それは残念。 あの子、友達が少ないから」
「そうなのか? 友達になれるものならなりたいが…」
緊張で強張った身体をほぐすように左右に身を捻りながらそう言うアルバノスの目は落ち着きなく泳いでいる。
美女の言葉に反応し、クレデリアとの発展の可能性を感じているのか。
そんなことは問題が片付いた後にしてほしいものだ。
「あなたは? クレデリアの知り合いのようだが」
「エクレールよ。 エクレール・フィアンソロ」
エクレールは笑みを浮かべ、ハキハキとした口調で答えた。
「俺はマレウス、彼はアルバノスだ」
「フルネームは?」
私とアルバノスは顔を合わせた。
名前を聞いてくる者は多くいるが、フルネームを訪ねてくる者など滅多にいるものではない。
アルバノスは少々戸惑いながらも、エクレールの問いに答えた。
「アルバノス・オレガノ・ヴィゴーレ……」
良い(オレ)香り(ガノ)がしてきそうな名だ。
エクレールは満足げに頷き、私を見た。
「……マレウス・アマルティ……シリオ?」
自分のフルネームなど覚えていない。おかしな話だろう。自分の名が分からない者など普通はいない。
その時、アルバノスが横から割って入ってきた。
「マレウス・アマルティア・エクシリオ」
「珍しい名ね。 そんな名前、今までに聞いたことがないわ。 興味をそそられるわね」
興味を持たれても困る。
エクレールは名前フェチなのか。
アルバノスが身を寄せ、静かに耳打ちをした。
「お前の名、カトリーネから聞いたんだ」
カトリーネの名を聞き、私は本来の目的を思い出した。
エクレールのペースに完全に乗せられてしまっていた。
「人を探してるんだ。 髪を束ねた……」
カトリーネの特徴を伝えるが、それらしい人物は見ていないとエクレールは答えた。
カトリーネはもちろんのこと、クレデリアの身も心配だ。買い物袋を抱えて、帰ってくればそれに越したことはない。
「そういえば、さっき警備隊が血相変えてディーウェスの方へ走っていったわね。 あの子が巻き込まれていないといいけど……」
「……とにかく、ふたりを探そう」
エクレールの言葉を無視し、私は話を逸らすことだけを考えた。私のしたことを知られては、エクレールも脅威になりかねない。
アルバノスは口を閉ざし、横目で私を見ていた。
このような状況で外を出歩くのは気が進まない。一刻も早くエデシアから離れたいが、そうもいかない。
仲間を見捨てるなど、できるものか。
「そうね。 街の人に聞いてみましょう。 この騒ぎなら人もいるはず」
騒ぎの当事者が、堂々と街の人間に話を聞くなど、気が進まない。 他に方法はないものか。
どうしたものかと、アルバノスに視線をやる。
「……そうだな。 それがいいだろう」
ぼやくようにアルバノスは答えた。
その声には焦りと緊張が混じっているように思える。
ルーエンを出るふたりを見ながら、魂が一緒に出てしまうほどの深いため息をついた。
「勘弁してくれよ……」
近くにあった帽子掛けから、へたれたつば付きベレー帽を手に取り、ルーエンを出た。
夜更けにも関わらず多くの人々が表に出て、何事かという面持ちでディーウェスの方を見ている。
まるで地獄のようだ。
今にも後ろから肩を掴まれ連れて行かれるのではないかと不安に襲われる。
アルバノス、エクレールは誰かれ構わず聞いて回っていた。
ベレー帽を深く被り、人気の少ない所で身を落ち着かせた。
周囲に目を凝らしながらふたりを見守る。
今の私にはそれしか出来ない。これまでの一部始終を第三者に見られている可能性もある。
人の間を縫うように、私に近づいてくる男が目に留まった。
見た目は警備隊ではなさそうだ。だが、威厳のある顔にしっかりとした体格。他とは違う、高級そうな背広がやたらと目立つ。
「俺はお前を追ってきた」と言っているようだ。
「関わらないでくれ」そう思いながら私は男と目が合わぬように顔を下げた。
しかし、そんな思いとは裏腹に、男は私の前で足を止めた。
「エデシアの者か?」
「……」
男の問いに、私は答えることなくその場を離れようと機会をうかがった。
それを不審に思ったのか、男は更に質問した。
「見慣れない……いや、見たことのない服装だ。 もう一度聞くが、エデシアの者か?」
「……違ったら、なんなんだ」
「どうもしないさ。 少し気になってな」
男は私を舐めまわすように見ると、再び口を開く。
「君には興味がある。 なにか……不思議なものを感じるんだ」
「なぜだ」
「初めて見る衣類、他とは違う空気……なんというか、別の世界から来たような、そんな感じだ」
その言葉に顔を上げ、男の目をまっすぐ見た。男も同じく視線を合わせる。
この男には見透かされている気がする。
「それで、俺に何の用だ」
「この先で男が殺されてな。 その犯人を追っている。 何か知らないか?」
真実を追う者が、追われる者になった瞬間だった。
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