Episode11 甦る衝動
ボロボロの衣服を身に纏った大男。
あごひげを生やし、敵意を持った面持ちでこちらを睨みつける。
私に古城へ行くよう指示した男だった。
「今すぐここから立ち去れ」男は唸るように言った。
「待ってくれ。俺たちは…」
「立ち去れ!」
私の言葉を強引に遮り、男は思いきり怒鳴った。
その怒鳴り声たるや、まるで嵐の日に鳴り響く雷の轟音のようだ。
「ちょっと…話しを聞いてよ!」カトリーネは男に乱暴に言葉を吐いた。
男はカトリーネの言葉を聞くと、背中に担いでいた大きな石で出来た大槌を両手で握る。
「おいおいマジかよ…」
「聞きなさいってば!」カトリーネの男に対する態度は、他人を避けて生きてきたとはとても思えない。
男は手に持った大槌と共に、私たちへと突っ込んでくる。
「ちょっと!どうするの!」
私たちは戦えるような武器など持っていなく、それに代わるような物も周囲には確認できない。
このような場合、答えはひとつだ。
「逃げろ!逃げろ!」私は大声で叫ぶ。
大槌が勢いよく振り下ろされる。宙に舞い上がる土煙。
こんな物がまともに当たればただでは済まないだろう。逃げ惑う私とカトリーネを鬼のような形相で追いかける男の姿はまるで恐怖だ。
見ず知らずの男に追い掛け回される恐怖を味わう日が私の人生で訪れるとは、予想すらしていなかった。
獲物を仕留められない怒りで男は更に乱暴に大槌を振り回す。
「マレウス!私が引き付けるからなんとかして!」男に追われながら必死に叫ぶ女の姿は映画などでしか見たことがない。
それよりもカトリーネを助けなくてはと必死に走り続けながら周囲に目を凝らす。
やはり武器になりそうな物はなにも見つからない。
私は仕方なく手のひらほどの石を掴み取ると、それを握りしめ男に向かい走った。
「立ち去らぬなら、ここで死ね!」男がカトリーネに大槌を振り下ろす。
だが、カトリーネの俊敏な動きにまたもや地面から土煙が舞い上がる。男がよろめいた所をすかさず手に持った石で殴りかかる。
ズゴ!
男の後頭部から鈍い音がし、巨体がその場に膝をつく。
必ずしも大きな武器が優位に立てるという訳ではない。そして、時には小さな石も人を殺すことのできる凶器へと変わる。
「貴様ら…!」獣のように荒々しく息をあげる男に追い打ちをかける。
何度も男の頭を殴りつける。その度に返り血が勢いよく飛び散ちり周囲を赤く染める。
「マレウス!もういいよ!」
カトリーネの声にも私は手を止めず殴り続けた。
――そうだ…それでいい…―
私は男を殴ることに快楽を感じていた。
血に染まってゆく男の顔から喜びを得る。
男は既に死んでいるかもしれない。それでもいい。
――もっとだ…お前の血に…闇に染まれ―…
私は暴力を楽しんでいた。
「マレウス!」
頭に鋭い痛みを感じ、視界がぼやける。
「ごめんなさい…!」
カトリーネは男の大槌を手に取り、力任せに私の顔に打ち込んだ。
―どうだ…血に染まる感覚は…。
―衝動に身を任せるのはいいものだろう…。
「俺は…殺したのか」血に染まった自分の手を広げる。
―殺したとしても…自分を責めることはない…それが本当のお前だ…。
「お前は…人を殺したことがあるのか」
―大勢殺した…必要なことだった…。
「俺はどうなっているんだ…」
目の前に、血に染まったジャヌの姿が現れる。
「お前は残酷な人間だ。俺と同じ、大勢殺している。罪のない人間を虫のように殺してきたんだ」
「嘘だ…」
「嘘?お前は覚えていないだけだ。その手を見てみろ…懐かしいだろう?お前は血に飢えた獣だ」
私の顔をなめまわす様に覗き込むジャヌの瞳は、恐ろしいほど赤く輝いていた。
「お前と一緒にするな…俺は殺してなんかいない!」
「その根拠はなんだ!なぜ殺してないと言いきれる!なぜお前は受け入れない!」
いつもの冷静な姿からは想像もできないほどの荒げた声でジャヌは叫ぶ。
「お前は俺と同じだ!素直にそれを受け入れろ!」
「黙れ!俺はそんなこと受け入れない!」私は真っ赤に染まった両手で顔を覆う。
「…まぁいい。お前は残酷な自分を受け入れなければならない時が必ず来る。その時、自分の罪を知ることになるだろう。どれだけ否定しても、それは必ずお前を飲み込みにやってくる」
私の罪…。
人殺し…。
残酷な自分…。
私は…獣なんかじゃない…―。
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