Episode10 再び



衝撃的な展開に動転する私を、面白そうに見つめる男。


「ジャヌ!どうなってんだ!?これも夢か!?」

私は夜の静寂をぶち壊すような大声を張り上げる。


「そんなに驚くことか?大袈裟なんだよ」落ち着き払った口調でジャヌは言う。


「大袈裟にもなるだろ!この状況分かってんのか!?お前は現実にまで現れた!」


ドン!

壁を叩く音が部屋に響く。その音は恐らく隣部屋からだろう。夜も更けきったこの時間にこれだけの大声を出せばうるさいに決まっている。

私は動揺しきった心を落ち着かせ、声を低くした。

「なんでお前がここにいるんだよ…!」

ジャヌは周りを見回しながら言った。「これがお前の世界か…嫌な所だな」


「現実でまでお前に否定される覚えはない」

張り上げそうな声を必死に堪えながら反論する。

「それで、なにか用なのか。どうして現実に来れる…!?」


「なにを言ってる。そろそろ出発の時間だぞ」


…ウス…マレウス!


その呼びかけに私はハッと目を開けた。

「やっと起きた。魘されてたよ」カトリーネが私の顔を覗き込んでいる。


「俺は寝てたのか…。あれは夢か…」私は上の空で独り言を呟く。

「…なんだか分からないけど、そろそろ行くよ」地面に広げた荷物を手早くまとめながらカトリーネは言う。

私はいつから眠りに落ちていたのだろうか。現実と夢の見境がつかなくなっているのを感じながら、再び歩を進めた。

木々の隙間から差し込む朝日を身に浴びながら軽快な足取りで森の中を進む。

「あと数時間も歩けば着くわ」

心なしか、カトリーネの口数が少ない気がした。

なにか話題を出したほうがいいか、それとも余計なことは言わないほうがいいか…彼女の背中を見つめながら思う。


昨夜の出来事でカトリーネの運命は変わったはずだ。今までの生活を捨て、正しいと思っていた過去や思い出も否定されたのだ。そんな思いをした人間に私はどんな言葉を投げかければよいのか頭を悩ませる。言葉を選ばずに適当なことは言えない。何も考えずに言葉を出せるジャヌが今は羨ましく思えた。

なぜあのように相手の感情に惑わされずに言葉を発することができるのだろうか。ジャヌには感情というものがないのだろうか?そんな人間がいるのだろうか?

人間…彼は人間ではないのかもしれない…。


「エルオーデ・バンシュタイン」なんの前触れもなくカトリーネが私の名を口にする。

「カトリーネ・オリアン・バンシュタイン」自分の名を口にする。

「不思議な感じだね。私たち家族なんだよ?信じられる?」


今更信じるなと言う方が難しい。現実ではあり得ない体験をしているのだ。この世界で姉がいようが、自分が化け物だと言われようが信じるだろう。


「家族か。俺は信じるよ」私は微笑みながら答えた。

私の微笑みを見たカトリーネは照れくさそうに頬を赤らめる。

母親が亡くなって以来、孤独に生きてきたカトリーネにとって家族とは人生を一変させるもので、なにより大きな存在なのだろう。

多くの人々が存在する世界に彼女のような人間はどれくらいいるのか、ふと思う。


「母親のこと、聞いてもいいかな」私はリズ・バンシュタインがどんな母親だったのかカトリーネに尋ねた。

「優しい人だったけど。よく家を留守にしてた。」カトリーネは顔をしかめる。

「どこに行ってたのか…何をしていたのか…結局、最後まで教えてくれなかった」

淡々とした口調で語る。

「…この話はやめよ。そろそろ着くよ」

まずいことを聞いてしまったか。私は口をつぐんだ。


私たちは開けた場所へとたどり着いた。森の中に円を書くように木々がひとつの岩を取り囲む。

その岩は2メートルほどあるだろうか。楕円の形をし、上部、下部にはひどく錆びた太い鎖が巻き付けてあり、中心にはなにやら文字のようなものが刻まれている。

更に、岩の周りの植物は生気を失ったように枯れており、重苦しい雰囲気を醸し出す。

まるでこの岩が命を吸い上げているかのようである。

中心に刻まれた文字に目を近づける。


―パレルソン・マルディシオン――


名前、言葉、地名…様々な意味にとれるそれに、私とカトリーネは頭を悩ませた。


「ここでなにをしてる」


突然、後方から聞こえた声に素早く振り向く。


「お前は…」

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