Episode9 迫る影

テーブルに置いてあるスマートフォンを取り上げ、画面を確認する。


「マジか…」


私が最後に眠りにつき、目覚めるまで7時間程しか経っていない。

夢の中では数日、だが現実では一日の半分も経っていない。

わずか

7時間の間にあれだけの夢を見ていた事に、私は少しばかり驚いた。


カーテンを勢いよく開ける。

部屋いっぱいに差し込む眩しい日差しに、目がくらむ。


私はグラスに飲み物を注ぎ、使い込まれたソファーに深く腰掛けた。

やはり、夢の出来事は全てはっきりと覚えている。夢での疲れや身体の痛みも残っている。

夢と現実の違いが曖昧になってから、今日で数週間が経とうとしていた。


ピリリリ!ピリリリ!

突然スマートフォンに登録されていない番号から着信が入る。


「もしもし」私は眠気が覚めきれてない声で電話に出た。


ツー…ツー…。

「なんだよ…」間違い電話だろうか。


ピリリリ!


すぐさま同じ番号から着信が入る。私は苛立ちを露わに電話に出た。

しかし相手からは何の言葉もない。いたずら電話だろうか…私は一方的に電話を切った。

その後、数時間が経ったがその番号からの着信はなかった。


正午――。


私は緑豊かな山道で車を走らせていた。連日の寝不足(実際は寝ているが)で身体が悲鳴をあげていたこともあり、長期間の休養を取っていた。

燦々と照り付ける陽光が木々の緑をより一層際立たせ、素晴らしい景色を作り出す。

路肩に車を止め、外へ出た私は山下に広がる景色を眺めた。

どこまでも続く地を見つめ、ふと思う。

この世界に生きている人間は実にちっぽけな存在だ。宇宙に無数とある中のひとつの星で、自分の人生を奔走して生きている。


そんなことを考えていると、また着信が入る。例の番号からだった。

電話に出るべきか迷った私は鳴り続けるスマートフォンをじっと見ていた。

着信が切れる気配がない。私はため息混じりで電話に出た。


お前が欲しい―…。


うめき声のような老婆の声に私は驚きスマートフォンを地面に落とした。

「なんだよ…なんだこれ…」気味の悪い電話に全身の毛が逆立つ。

恐る恐る落ちたスマートフォンに手を伸ばす。幸い、生い茂った草がクッションになり壊れてはいない。

私はゆっくりと耳を当てる。だが、既に通話は切れていた。

恨みに満ちたようなあの声が耳から離れない。

全身に帯びる寒気を払うように、私は足早にその場を離れた。


自宅――。


夜も更けた頃、私はパソコンに向かっていた。


正夢―

死後の世界―

タイムトラベル―

前世―…


思いつく言葉をひたすらキーボードに打ち込む。自分が体験していることがなんなのか、少しでも知りたかった。しかし、いくら検索しても望む答えは見つからない。

「だめだな…」


窓を開け冷えた空気を部屋に流し込む。夜の街に輝く光を見つめながら深呼吸をする。


お前が欲しい――。


忘れた頃に思い出すあの言葉が全身に悪寒を走らせる。

あれはいったいなんだったのか。霊的な現象なのか…夢となにか関係があるのか…。

ガチャ――…


ドアの閉まる音に私は振り向く。

「…鍵、かけたよな…」

警戒しながら玄関へと様子を見に行くがそこには誰もいなかった。いつも見ている、何ら変化のない玄関。

隣の部屋だろうと思いリビングへと戻る私を、それは待ち構えていた。


やぁ…マレウス――。

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