第9.5話 かばんちゃんの恋愛事情

博士さんは見つからない。

サーバルちゃんは天真爛漫だし...


僕もバイトを辞めた。


先輩のせいだ。

相変わらず『かわいいね』だの、

『俺ん家来いよ』だのの発言に嫌気が差した。


ヒトがこんな生き物だったなんてと、

幻滅した。


そんな僕は、また新しいバイトを始めた。レンタルビデオ店だ。


けど、まさかここであんな事が起きるなんて考えもしなかった。


「おはよう、加阪ちゃん」


少し薄い金色の、ライオンさんみたいな髪型をした...


「あ、おはよう。室見くん」


彼は室見佳弥むろみけいや

こっちの世界での僕と同年代だ。


だから、タメ口で話す。

僕はある程度彼に好印象を抱いてる。


前のところの先輩の様に、僕の事を変な風に形容しない。


キタキツネさんみたいにゲームが好きで、ゲームしないのと尋ねられ、したことがないと言ったら、じゃあやってみない?と携帯ゲーム機を貸してくれた。


彼のゲームチョイスは的確だった。

慣れてない僕のために操作が複雑でないものを貸してくれた。他人に対して思いやりがある。


そう言えば、僕のことをあるアニメのキャラクターに似てると言っていた。

苗字も“かばん”、その主人公もかばんって言うらしい。彼は“本当はそのアニメのキャラなんじゃないの? ”と言ったが、“ま、そんなわけないよな”と打消し

笑った。


もし、僕が本当の事を述べたら、収拾がつかなくなりそうだから、真実は言わない。


そんな彼とは、サーバル以上に親しくなった。彼といると楽しいし、一緒にゲームをしてると面白い。

実際、僕も全然興味が無かったのに

ゲーム機を買ってしまったほどだ。


それから、彼のことを“ケイくん”と呼ぶようになった。


どうやら、

僕は知らぬ間に、人間の本能的に、

彼を好きになっていた。









かばんちゃんは今日の遅い。

いつも遅い。

お仕事なのはわかるけど、やっぱり寂しい。

私も、かばんちゃんを助けたいと思って、お仕事しようとしたけど、みんな、

ダメだって言われた。何がいけないんだろう。この世界に来てかばんちゃんとの

時間が少なくなってる。

前みたいに楽しくお喋りしたり、お料理作ったりしたいのに...


かばんちゃんは最近ゲームをやってる。

キタキツネがやってたやつ。私もやらせてもらった。それはそれで楽しかった。

でも、かばんちゃんは私とやるより別の人とやった方が楽しいんだろうね。


...だって、かばんちゃん。

夜中に“ケイくんケイくん”ってブツブツ言いながら変な音を...


私はどうすればいいの...?



今日もかばんちゃんの帰りが遅かった。

20時近い。

私は何枚も折り紙で紙飛行機を折った。

そんな時だった。


「久しぶり、サーバルちゃん。元気にしとる?」


「あっ...、オイナリサマ」


「かばんはおれへんのか?」


辺りを見回す素振りを見せた。


「うん...。たぶん、おしごと」


「なんや...、せっかくイナリでも一緒に作ろう思ったんやけどな」


少し残念そうだった。


「サーバルちゃん、どしたんや。

なんかオーラ暗いで?悩み事あるんやら、何でも相談してみ?」


一瞬言おうか迷ったが言うことにした。


「実はね...」


オイナリサマは一通りその事を聞いてくれた。


「なるほど、ほんなら、今かばんが何しとるか見てきはるわ」


「いいの?」


「ええんや。ウチら一応フレンズ同士やからな。状況をウチも確かめたいし、

話はそれからや」


そう言って、オイナリサマは姿を消した。


数十分後、再び現れた。


「サーバル、かばんもうすぐ帰ってくるで」


「そうなんだ。それで...?」


「人の男と仲睦まじくしとったで。

ありゃあ...、かばんの方が惚れたんかもな」


腕を組んでそう答えた。


「え?どういうことなの?」


「アレは人の習性、本能みたいなもんや。言葉では言い表しにくいねんな…

なんて言えばええんやろ...。

とにかく、帰り遅くなっている理由はソレやな。腕組んでその男を駅まで送っとってる」


サーバルは信じられなかった。


「かばんちゃんは...、私が嫌いなったの?」


オイナリサマは丁寧に答えた。


「言ったやろ。本能的なものやて。

サーバルのことは友達という認識やさかい、嫌いになった訳ではあらへんで」


「でもでも!かばんちゃん大好きって

言ってくれたの!だから...その...

ずっと私の所にいてほしいの!」


突然の発言に少し引いたような顔を見せた。


(うわ...、こりゃあアカンやつや...

どないして説明したらええねん...)


初めて自分にわからないことが出来た。

しかし、霊力を扱うフレンズとして引き下がる訳にはいかない。


「ひとつ聞いてもええか?サーバル、

あんた、かばんをどう思ってんねん」



「かばんちゃんは私にとって大切な大切な友達。だから、かばんちゃんは私が守らなきゃいけないの...」


「・・・つまり、それは恋愛的な感情なんやな?」


「え?れんあいって...?」


(そうか...、恋愛を知らんのか…

厄介やな)


「ま、簡単に言うと、特定の人物を愛する事や。今のサーバルみたいに」


「じゃ、じゃあ...、私、かばんちゃんに...」


「レアケースやけども、恋してんねんなぁ。となると、問題はその次や。

かばんも同じように恋してるんやで、ヒトの男に」


真面目な目でサーバルを見た。


「これは...、あんたの心の問題や。

自分のために、かばんの幸せを奪うのか。それとも、かばんのために、自分の幸せを捧げるのか。それは、あんた自身で決めなアカンで」


そう、忠告した。


「ウチの立場からして言うと、あんま人間と親しくなって欲しくないんやけどな。いつかは元の世界に戻らなアカンから」


一旦、息を吐く。


「サーバル、くれぐれもかばんの気持ちを思う事、忘れるんやないで。

あんたの一言が、友情を壊すかもしれないからな」


「・・・うん」


力なく肯いた。


(ホンマに大丈夫か...?

冷静な話し合いが出来るとええんやけど...やっぱ心配や。ここで見守とくか)


オイナリサマは一旦自分の姿を見えなくした。


「ただいま」


それと同時にかばんも帰ってきた。


「かばんちゃん...、話したいことがあるんだ」


サーバルがそう言って来たのは珍しいことだ。


「何?どうしたの?」


「かばんちゃん、男の人と付き合ってるの?」


僕は愕然とした。それは、彼女に教えていないことだった。彼に彼女の存在を教えても、その逆でも、ややこしくなるからだ。


「バイト先の友達だよ!」


「なんでそこまで隠したがるの...

私だけ...のけものは...、イヤだよ...」


彼女は目に涙を浮かべていた。

そんな、僕が彼女を泣かせるなんて...


「ごめんね...!そんなつもりじゃなかったんだ。サーバルちゃんが、やきもち焼いちゃうと思って...」


「私は...、幸せなかばんちゃんがいいの!」


「...僕のために...。ありがとう、サーバルちゃん...」


優しく彼女を抱擁した。


僕はその後、彼のことをサーバルに告げた。もちろん、僕が彼に好意を抱いていることも。


「それが...、ヒトなんだよね!

うん。わかるよ!」


そう言ってくれた。

彼女は様々な種類の動物が居ることを理解している。


明るい笑顔が僕をひと安心させてくれた。


それで、この話題に幕を下ろした。




夕食を食べ終わって寝ようとした時、

唐突にオイナリサマが現れて言った。


「かばん、付き合う事は別に構わへんが、アンタは元の世界に戻るちゅーこと、忘れるんやないで。もし、いらんことしたら、ウチでもどうも出来へんやからな」


そうだ。僕の帰る場所はここじゃなかった。つまり、彼ともいつか別れなきゃいけない。


永遠じゃ...、ないんだ。


「わかりました」


「アンタは真面目やさかいに、ちゃんと覚えててくれるって、信じとるからな」


僕が頭を下げると、オイナリサマは姿を消した。そして、電気を消し、眠りについた。

目を閉じ、今日の事を振り返る。


(勢いで告白したら...、いいよって言ってくれた。駅まで、ケイくんと一緒にいられた。もうそれだけで、幸せだよね)


無意識に、左手が下腹部に触れた。

刹那、


「許さない...」


暗闇の中から、小さな小さな呟く声が聞こえた。


僕は、目を開け横を見た。


(大丈夫、絶対...、大丈夫だから...)


言い聞かせるように、念じた。

人間の体になった今、そういう事も“ありえる”。ゼロパーセントではない。

自分の責任を感じた。


(サーバルちゃん、大好きだからね…)

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