……オハカ……イリマセンカ?

「もしもし」

「……お墓……要りませんか?」

 突然の不吉な電話に受話器の向こう側の雰囲気ががらりと変わった。

「ばあさん、それどっから聞いたんや?」

 豹変する相手には惚けてしらを切る。

「さあ? ……ただリストに沿ってかけてるだけなので」

「ふっざけんなっ!」

 罵声と共に電話が切れる。やれやれと受話器を置くが、その口元には薄い笑み。

 墓売りの電話にまともに取り合う者などいない。もともと成功する見込みの薄い仕事であるから報酬も僅かなものだ。それでも、電話口で一言二言囁くだけで圧倒的に優位に立てるこの仕事は女の自尊心を満たすには丁度良かった。

 女は六十代前半ながら腰は曲がり、目は窪み、顔には深いしわが刻まれ、十も二十も老けて見えた。

 また、長年の不摂生が祟ったのか最近は胃もたれにも悩まされていた。病院の胃薬もあまり効かず、食べる量も減ったために痩せこけて、余計に老いて見えた。

 若い頃には盛り場で派手に遊んでいたこともあったが、若さを失うと見向きもされなくなり、やがて詐欺グループの末端として動くようになっていた。

「次もいい声でわめいてくれたら嬉しいねえ」

 機嫌よくリストを確認し、今かけた番号に線を引く。

 電話番号だけを羅列した紙だが、ここにあるのは全て何らかの病で余命を宣告される人の番号。小規模な診療所に委託を受ける分析機関からの横流しだが、足が着くのを恐れてか、リストには番号以外の記載はない。患者の名前も病名も分からないが、女には興味もなかった。

 突然、暗い部屋の中に電話が鳴った。

「もうこんな時間かい」

 時計を見上げると六時半を回っている。周りの声が入るのを嫌がり、一人自宅から電話をかけている女が雇い主にその日の分の報告をする時間だ。

「もしもし」

 だが、受話器の向こうからは返事がない。

「もしもし?」

 いたずら電話かと思い切ろうとした時、微かな声が聞こえた。

「あー? 何だって?」

「……オハカ……イリマセンカ?」

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