百物語

「百物語とかどう?」

 香苗の一言でこの夏の予定が決まった。

 休みまで間がない中、香苗を中心に私とさくらは仕事の合間を縫って山奥のコテージの予約や怪談話の準備に慌ただしく時を過ごした。付き合い出した彼と電話する時間も取れない程だったが、どうにかその日に漕ぎつけることができた。

 山道をレンタカーで揺られること一時間。たどり着いたコテージは貸別荘と言うよりも山小屋に近い簡素さで、お世辞にもお洒落とは言えなかったが、中はしっかりと掃除が行き届いており、三人で「意外といいじゃない」と喜んだ。

 その夜。

「百本はなかなか大変ね」

 香苗の準備したレトルトの夕飯を食べ終わると、ろうそくを一本一本、小皿に乗せて火をつけ、ろうを垂らして固定していく。ようやく全ての火がついたのは夜もかなり更けた頃だった。

「それじゃあ、まずは私から」

 見えるものは窓の外の三日月とろうそくの光だけ、聞こえるのは柱時計の振り子の音と窓を叩く風の音だけという幻想的な世界の中で、香苗を皮切りに百物語が始まった。

「振り返ると、そこにはただれた顔の女がっ」

「キャー」

 さくらと二人で悲鳴をあげ、抱き合って笑い合うと、三人で部屋の隅のろうそくをふっと吹き消す。ちょうど古びた柱時計がボーンボーンと十二時を告げた。


「これは友達から聞いた話なんだけどー」

 回りまわって、いよいよ香苗が百番目のお話を語り出した。残りは香苗が手に持つ最後のろうそくだけ。それすらも霞んでよく見えない。香苗も眠いのか、声がゆっくり間延びしている。

「その子の知り合いがさあ。友達に彼氏寝取られたとかで病んじゃってえ」

 隣ではクーラーもないのに寒いのか、さくらが腕をさする音がする。

「とうとう、その友達に毒を盛って殺しちゃったんだってえ」

 いよいよ最後のろうそくを吹き消す。辺りは自分の手すらも見えない暗闇に覆われた。

 ボーンボーンボーンボーンボーン。

 夜はまだまだ明ける気配がない。

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