7月14日 朝から太陽が眩しい

「ようし、そこまで!」


 訓練場に、ギナゼッド団長のよく通る大声が響く。


「各自朝食後、速やかに持ち場に着け!解散!」

「「「「了解!!」」」」


 号令を合図に、騎士達がばらばらと散っていく中。



 オレは地面にひっくり返って、荒い息をついていた。



「おーい。首輪ちゃん、大丈夫かー?」

「はい、ポッチー。お水貰ってきたッスよ」


 天剣てんけん騎士団の凸凹コンビ、のっぽのショウトと小柄なラージィが、オレの顔を覗き込む。


「ああ……ありがとう」


 ゆっくりと身を起こし、ラージィからカップを受け取った。

 適度に冷えた水が、渇いた喉と、へとへとの身体に染み渡る。


「しっかしまー、首輪ちゃんも毎日よくやるねぇ。こんだけしごかれた後に、城の雑用と、あの姫様の御側おそば係だろ?」


 ショウトが心底呆れたような顔を見せる。


「んでもって夕方には、また俺らと鍛錬。ホンット頑張り屋さんだこと」

「最近は魔術師様と勉強会までしてるって、メイドさんから聞いたッス」

「マジかよ、いつ休んでんだっつーの」


「ちゃんと夜には寝てるよ」

 二人のやり取りに苦笑を浮かべる。


 自分としては、一応こなせる範囲で動いているし、やることを増やしたその分、城での仕事は減っているんだけれども。

 どうやらはたから見ると、オレは相当無茶をしていると感じられるようだ。


「おっはよー、ラド!今日も精が出るねぇ」


 不意に飛んできた声に、思わずぎくりとする。


 そんなオレの様子を知ってか知らずか、いつもと全く変わらない様子で、ファウスがヘラヘラしながらやってきた。


「いやー、昨日はごめんね。僕もちょーっと熱くなりすぎちゃったよー」

「おま……」


 そうだった、こいつはこういう奴だった。

 あの後どうやって仲直りしようか、ずっと悩んでたオレがバカみたいじゃないか。


「あ、でも僕の言ったことは間違ってないと思うよ?」

「そこで蒸し返すなよ!」


 そんなオレたちの様子を見て、ラージィが不思議そうな顔をする。


「ポッチー、魔術師様と喧嘩でもしてたんスか?普段ばり仲良さそうなのに」

「そりゃあ、僕らもたまには意見が合わない時もあるよ」


 ファウスの言葉を受けて、ラージィの頭に肘を乗っけたショウトが、からかうように笑った。


「どうせくっだらない事だろ?首輪ちゃんもファウスも、結構ガキっぽいとこあるもんなー」


 ガキっぽいと言われて、口を尖らせるものの、のっぽの騎士はどこ吹く風だ。


「ところでその呼び方、いい加減やめて欲しいんだけど」


 すると騎士の二人は、ほぼ同時に顔を見合わせた。


「おい、ラージィ。ポッチーはやめろってよ」

「えー。ポッチーが嫌がってるのは、首輪ちゃんの方に決まってるじゃないッスかー」

「両方だよ!!」


 わかってる。絶対わかっててやってる、こいつら。


「あはは、仲良くやってるようで何より。どう、ラドはどんな感じ?」


 そのまま話の輪に混ざるために、ファウスも俺の隣にしゃがみ込む。


すじは悪かねえな。飲み込みも早いし、何より根性がある。ぶっちゃけこいつよりか、よっぽど騎士に向いてんじゃねえの、首輪ちゃん」


 カラカラ笑いながら、ショウトがあごで相棒を示した。


「むむぅ、ポッチーがドンバカ強くなったら、オイラ先輩としてミケンが持たないッス」


 ……『威厳をたもてない』とか、『沽券こけんに関わる』と言いたかったんだろうなぁ。誰もツッコまないけど。


「でも、こんなに毎日鍛えてるのに、なかなか筋肉は付かないんだよなぁ」

「アホか、ンなひと月そこらで身体作れるなら、誰も苦労はせんわ」


「そうだよラド。それに何年も鍛錬してても、全然マッシブにならない人達もいるんだからね」

「確かに……」


 ファウスの言葉に、思わず目の前のぽっちゃりとひょろひょろを、じっと眺めてしまった。


 ラージィはその見た目通り、とにかくよく食べる。

 だから、あれだけしごかれても痩せる気配がないのは、なんとなく納得出来た。


 逆にショウトの方は、おそらく筋肉が付きにくい体質なのだろう。

 ただ、こいつのことなので、鍛錬の手を抜いているという可能性も、全くないとは言いきれないが。


「なに、魔術師様。それこそ喧嘩売ってんの?」


 細身の身体がコンプレックスだったのか、ショウトがあからさまに顔を引きつらせる。


「まっさかぁ、相手にそんな勝ち目のないことしませんよ?」


 やけに“騎士様”を強調しながら、ファウスが立ち上がって、お手上げとばかりに腕を広げて見せた。


「ヘヘヘヘ」

「ハハハハ」


 顔ではにこやかに見えるけれど、二人とも目が笑っていない。


「なあ、ラージィ。こいつら、ひょっとして仲悪いの?」


 笑顔でにらみ合ったままの二人に聞こえないように、こそっと目の前の彼にたずねる。


「めっちゃ険悪って事もないッスけど。ま、仲良しこよし、って感じじゃあないッスねー」


 同じくぼそぼそと、オレの問いに答えるラージィ。


「二人とも、結構ずけずけ物言うタイプっスし。まぁた何が気に入らないのか、ショウトが何かと魔術師様に突っかかってくもんだから、顔合わすとだいたいこんな調子ッス」

「なるほどなぁ」


 要領よさそうに見えて案外雑だったり、何だかんだ面倒見がよかったり。

 共通する部分も多いように思えるが、だからといって反りが合うという訳でもなさそうだ。同族嫌悪という奴だろうか。


「ま、首輪ちゃんはその調子でやってきゃ、五、六年もありゃ充分強くなれるさ。姫様もペットから、近衛このえ騎士くらいにゃ格上げしてくれるかもな」


 ひとまずファウスとの冷戦を終えたショウトが、オレに向き直ってそう言った。


「五、六年かぁ……」


 強くなりたいと願ったのは自分だけれど。

 はたして数年後、オレが実力をつけたときに、ニーザンヴァルトはどうなっているのか。

 第一、強くなれるまで、二国間の情勢や、民は待っていてくれるのだろうか。


「ポッチー、前から聞きたかったんスけど」

「ん?」

「騎士団に連れてきたのは団長ッスけど、何で急に鍛錬始めたんスか?故郷じゃ剣の修行サボってたんスよね?」


 確かに、その疑問はもっともだろう。

 仮にも騎士を名乗っておいて、オレは騎士らしいことは何も身につけていないのだから。


「別にサボってた訳じゃなくて、やらせて貰えなかったんだよ。小さい頃は身体弱かったし」


 当たりさわりがない程度に事情を話す。流石にこの数年、軟禁状態にあったとは言えない。


「あー、それで親の目が届かないこっちで、色々自由にやってるんスね」

「まあ、そんなとこかな」

「わかるッス。オイラもここに来て、ご飯たんと食べてええて言われた時は、なんて良かとこばいって思ったッスよ」


 オレたち相手だと変に気負わなくていいせいか、ラージィの言葉にはちょくちょく方言らしきものが混ざる。


 そんな相棒を見て、呆れた表情を見せるショウト。


「だからって、普通は朝から五杯も六杯も食わねえよ。騎士団に来てから肥えるとか、前代未聞だぞ、お前」

「だってここのご飯美味しいし。ついつい食べちゃうんスよね-」


 台詞と共に、ぽっこりお腹がぐぅと大きな音をかなでる。


 そういえば確かラージィは、小さな農村の大家族で育ったと言っていた。おそらく故郷に居た頃は、食に困るような暮らしをしていたんだろう。



「なんだ、お前達まだそんなところにいたのか」


 そんなオレたちの様子を見て、通りすがったウィラスリアン様が足を止める。


「そうやってのんびり小僧トラッカを構っていると、朝食を片付けられてしまうぞ?」


「わ~~っ!!いけん、よせんと食べられんたいーっ!!」


 オレには耳馴染みのないなまりで大騒ぎしながら、普段からは考えられないほどのスピードで駆けだしていくラージィ。


「本当に食べるの好きなんだねぇ、彼は」


 凄い勢いで去っていった背中を、ファウスが苦笑しながら見送る。


「ショウトは行かなくていいのか?」

「今から向かったって、どうせアレに粗方あらかた食い尽くされちまわぁ」

「それは確かに」


 オレも鍛錬後に、そのまま騎士宿舎で食事にありつくことが何度かあった。

 その時に見たラージィの食べっぷりには、ただただ圧巻されたものだ。


「お前らは城に戻って食うだろ?俺も今日はそっちの見回りだし、ついでにご相伴しょうばんに預からせて貰うわ」

「そういうとこ、ちゃっかりしてるよなぁ。じゃ、オレたちもそろそろ行こうか」


 話し込んでいる間に休息も取れ、ようやく元気も回復してきた。


「あー、ラドは先に向かってくれない?誰かさんが、僕にまだ何か言いたそうな顔してるし」


 オレに手を貸して一緒に立ち上がったファウスが、親指でショウトの方を示す。


「……あんまり喧嘩するなよ?」

「しねーよ。会ったついでに、ちょっと個人的に話があるだけだわ。お前の大事なお兄ちゃんをぶん殴ったりせんから、安心せい」

「いや、ファウスも素直にぶん殴られるキャラじゃないから、そこは心配してないけど」


 むしろ、普通の喧嘩にならない分、お互いエスカレートしそうで怖いというか。


「お互い、いい大人なんだから、そのくらいの分別ふんべつはあるってば。あ、ショウトの分の朝食も頼んでおいてね」

「わかったよ、ガキは大人しく従いますよーだ」


 その場に残る二人に背を向けて、城の方へと足をすすめる。



 「ひょっとして首輪ちゃん、ガキっぽいって言われたの根に持ってる?」

 「持ってるねぇ。あれは完全に拗ねてる態度だねえ」

「この距離でも充分聞こえてるからな、お前ら!!」

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