6月17日 降ったり止んだり、目まぐるしい雨模様

「ちっくしょー、あの女めぇー!」


 昨日無残に短くサマーカットされた髪を、恨めしそうに摘まむ。

 この長さでは『まもがみ』どころか、ちょっと結わえることすら難しい。


 あと、昨日の今日だってのに、何であいつまた下着つけずに寝てるんだ。

 今日はもうオレが起こしに来ないだろうとでも思ってたのか?

 おかげで2日連続で、朝から大騒動する羽目になった。


「うわあ、本当にざっくり切っちゃったんだあ!」


 今日も可愛らしいナズナ姫の声が、オレの耳を癒やす。


「おはよう、ナズナ姫」

「おはようございます、ポチさん」


 ちっちゃな頭がぺこりと下がる。本当に、オレへの態度が驚くほど似てない姉妹姫だ。


「もったいなーい、ポチさんのお髪、黒曜石みたいにつやつやで長くてさらさらで、すっごく似合ってたのにー」

「そ、そう?」


 そんなにべた褒めされると、何だか気恥ずかしい。


「そういえばナズナ姫は、あまり髪を伸ばしてないんだな」


 オレンジのリボンをあしらわれた、ほんのりスミレ色の彼女の髪は、肩口辺りでふわふわ風に漂っている。

 ベガンダンの髪が魔法の源ならば、姉や他の人々のように、もっと長くてもよさそうなものだが。


「わたし、4年前に『女神様の気まぐれ』を受けてしまって。その時一度開き直って、えいやーって切っちゃったんです。今のポチさんみたいに」

「女神様の気まぐれ?」


 そういえば昨日、セリ(あまりに憎らしいので、心の中ではもうあの女を姫と呼ぶのはやめた)も、そんな感じのことを言っていたような。


「時々、魔力がすっごく低い赤ちゃんが生まれたり、急に魔力ががくーんと下がっちゃうことがあるの。だから、そういう人は『女神様の気まぐれ』って言われるの」


 なるほど。つまりナズナ姫は、4年前に突然魔力低下が起こったわけか。


「でもわたし、ちょっとでもお姉様のお力になりたくて……だから今、頑張って髪の毛伸ばしてるの。髪が伸びれば、少しは魔力も増えるかなって」


 健気でいいこだなぁ。本当に姉とは大違いだ。


「その女神の気まぐれは、君たちベガンダン以外でも起きるものなのか?」

「んー……この国の人以外は元々魔力が低めだから、実際魔力が変化したって話は知らないけど。でも、そういう伝承はありますよ」


「どういった伝承?」


「異国の英雄メーディム様が、女神様のお力を借りて、魔物に襲われたベガンダの危機を助けに来てくれるの!すっごく強いんだよ!」


 ナズナ姫が瞳をキラキラ輝かせながら、伝承の英雄様を力強く語る。

 それでセリは、オレの髪を切ることにこだわったわけか。オレにとっては救国どころか、傍迷惑な英雄様だ。


「ところでナズナ姫、その手に持ってるものは何?」


 幼姫の小さな手には、折りたたんだハンカチのようなものが握られている。


「あ、いっけなぁい。これを渡すために、ポチさんを探してたんだった」

「オレを?何だろう」


 少女からハンカチの包みを受け取って、中を広げてみる。


 それは紐だった。


 が、何本も束になって編み込まれた組紐。

 両端に金具が付いていて、ブレスレットのように留められるように細工してある。


 ……あれ、この紐の色、どこかで見たような……。


「あっ!?これもしかして、セリの髪の毛!?」


「せいかーい」


 ナズナ姫が笑顔でパチパチと拍手を送ってくれるが、オレの頭はすっかり混乱していた。


 え!?どういうこと!?どうしてセリがこれをオレに!?

 しかもブレスレットが編める長さと量って、結構な髪束じゃないのか。

 女の子の髪は宝物だって、昔盗み読んだ母上のロマンス小説にも書いてあったぞ。何故、何故そんな大事な物をオレに!?


「『護り髪』を切っちゃった、お詫びだって」


「え……」


 『護り髪』の、お詫び?


「もー、お姉様ったら。周辺諸国の文化とかは、マーゴットさんに嫌って言うほどお勉強させられたはずなのにー」


 つまり、セリはすっかり忘れていたわけだ、オレの後ろ髪が何を意味していたかを。


「でもでも、お姉様の御髪おぐしだから、きっとそのブレスレットもきっとポチさんを護ってくれると思うよ!」


 ナズナ姫の言葉をぼんやり聞きながら、てのひらのブレスレットを見つめる。


「だって、女神様のお力がいっぱい詰まった、この国でいっちばん強い魔力を持ってる、お姉様の御髪だもの!」


 オレの貧相なお護りのお詫びにしては、ちょっとおまけが付きすぎじゃないだろうか。

 オレのものとは比べものにならない、大切な髪を切り落としてまで。


「お詫びなら自分で渡しに来いよな、まったく、あのお姫様ときたら」


 どうしよう。嬉しい。オレはなんて単純なんだ。


 彼女には今まで散々碌な扱いをされていないのに、たった一つの贈り物で、こんなにも喜びを感じるなんて。


「お姉様、ちょっぴり素直じゃないから」

「……だな」


 ニコニコ顔のナズナ姫に微笑み返して、左手首にブレスレットをつける。




 もしかして、オレが思ってるほど、悪いじゃないのかな。セリは。

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