Episode.23:裏切り者のノクターン
────クラリスは、何をしているのだろうか。
あいつの事だから、現代アートが家に来たと喚いているだろう。それはそれで面白いが、ここをちゃっかり特定してそうだなとも思う。
部屋の中には、大陸風のアンティークな置物が置かれていた。
「さて、“カイン”君。君もそろそろ疲れただろう?」
「ああ、確かに眠いな」
攫われてから三日、一睡もしていない。焦燥感溢れるクラシックが部屋では流されていた。
「まさか、我が同志を殺しておいて、知らないと逃げる気なのかね?」
「その同志の名前を聞かないと、俺も話に困る」
「…………
ああ、昔、そんなことをしたのをかすかに思い出す。ただ、あの男は殺されて然るべき男だった筈だ。
“アベル”、又の名を“シュヴァルツ“。本名は……六角、とかいう名前だった気がする。
────アレは何度目かの大きな内戦の話だった。
目の前には爆弾を巻いた子供が走って来たり、母親がタチャンカを乱射したり、無秩序な状態の続く土地だったのを覚えている。
ああ、そうだ。俺はあの時一番人を殺した。反政府軍のアジトを爆破してみたり、内通者を探し出して片っ端から処刑したり。
“死神”、そう呼ばれたのはあの戦いからだった。
『俺はな、こんなの嫌なんだ。どうしてここの人たちは苦しめられなきゃいけないんだ!』
人の良さそうな男の顔を思い出す。その手にはUSBメモリが握られている。ああ、そうだ、俺は内通者を見つけたんだ。
────自発的な感情を持っていては任務の邪魔だ。
────任務の遂行を軸に、臨機応変に動け。
師匠の言葉が脳に響く。
俺は、何も考えずにあの男を射殺した。理由はただ一つ、任務の障害になろうとしたからだ。
『クソ……この人でなし…………』
元々汚れている手だ。いくら殺しても空は帰ってこない。ならば、俺は空を殺したあの女を殺す為に、手を汚し続ける。
…………それは、復讐心から動いてるのではないか?
断じて違う。俺は、空のような無垢な人間が死ぬのを止める為にこの道にいる。人を殺すことが正道のような事は断じてあってはならない。それはあくまでも“手段”に過ぎない。
────目的はなんだ、俺の本当の目的はなんなんだ。
「ようやく悟ったか、お前はただの殺人機械と成り下がったのだよ」
「……違う、俺はあくまでも手段としてそれを選んでいるだけだ。断じて殺したいから殺しているんじゃない」
「分かってないな、殺人鬼ではない。殺人機械なんだ」
この男の言っている意味を分かりたくない。分かってはいけない。そうだ、知ってはいけないのだ。
「殺す事に快楽を覚えるのでもなく、殺す事に大義を置くのでもない。命を奪う事を己が手段の一つでしかないと認識している君は、ただの機械でしかない」
「…………そんな事はない、ただ、俺は空の為に戦って来ただけだ」
「そうか、大切な家族だか婚約者だか友人だか分からぬ人間の為に、復讐をし続けるただの殺人鬼なのか、君は」
────それも、違う。
俺はただただ、正義を貫いて来ただけだ。俺にとっての正義の在り方、それは俺から見た“悪”を排除する以外に考え得なかった。
それは、復讐と言えるのだろうか。復讐のために生きる暗殺者を俺は見た。彼女は確かに復讐を軸にした言動を取っていたが、はたして俺もそれと同類なのだろうか。
────有り得ない。
彼女は、自分達を正義と位置づけて悪を悪で裁いている。
俺にはそんな位置付けは無い。復讐者との根本が違っているのだ。
「機械と思うのならば、そう思うがいい。その機械は明確な悪しか排除しないがな」
「これはまた、面白く壊れているな」
男は、ゆっくりと
「まぁ、我々の国にとって君は不利益だということだけは分かった。では、さらばだ青年」
まぁ、いい。ここまでならここまでだ。俺はゆっくりと目を瞑る。
────その後に聞こえたのは、妙に聞き慣れた銃声だった。
***
流石、別荘とだけあって警護は固かった。案内して来た男は、即座に射殺されてハンヴィーは所々ボコボコにされている。AKの三点射ではとてもじゃないが間に合わない。
物陰に隠れて再装填、引き金を引き続ける。四秒強で空になった弾倉を、二秒で変えてまた四秒。つくづく、奪った車に弾薬が多かった事を感謝するしかない。
何度も制圧射撃を行なっているうちに、相手側の銃撃が減る。六本目のマガジンを変える頃には、別荘入り口の警護兵はいなくなっていた。
「終わったかしら……ぐっ?!」
左肩に衝撃、九ミリパラベラムを叩き込まれたこの感覚は、どう見たって増援がきた時と相場が決まっている。
残りマガジンは四十五発が七本、セカンダリのマカロフは五本。相手の増援はおよそ三個分隊。一人では明らかに間に合わない。死体から分捕るにも、そもそも近づくことすらできない。
────撤退して装備を調達するしかない。
撤退の準備を進めたその時、独特の金属音が後ろで鳴った。
「愚かしい、実に愚かしい。獣のように一人の淑女に群がるなど、私はお前達を愚かしく思いますわ……?」
その声の主は私の隣を通り、ハンヴィーの前に立った。その手にはM1ガーランドがある。杖のような物を背負った修道服の女が、月明かりに照らされて立っている。
突如ガーランドが火を吹いた。二人のうめき声と共にまた立っている者が減る。
「たとえお前達が威勢を振るおうと、私は必ず勝利を手にする。お前達は無様な
独特のクリップ音が、弾倉が空になったことを知らせている。その音がすればつまり、最低八人は倒れ伏したということになる。
「戦う修道女気取りか知らんが、邪魔だ死ね」
身の丈二メートルあろうかという大男が、修道女の骨を砕こうと────そんなのは最初から無理な話だった。
背中の杖、それから抜かれる白刃が男の首を寸断した。
「さて、もういませんのね。お嬢さん、終わりましたよ、出てきなさいな」
白刃にへばりつく血をボロ切れで拭い、その辺りに捨てる。修道服の上からでも分かる身体つきと、柔らかい声が自然と女だと認識させた。
だが、その顔には仮面がつけられている。血飛沫が激しく飛び散った鉄仮面、その下の表情は一切伺えなかった。
「お前……誰だ……」
「……そうですねぇ、“バルバロッサ”、ミズ・バルバロッサとでも名乗りましょうか」
鉄仮面の聖女を前にして、何もできない。あまりの恐怖に、私は息すらもできなかった。
その仮面の下の表情はどれだけ残酷なのだろうか。
「それでは、私は仕事も終わりましたし、失礼しますわ?」
そう言い残して彼女は優雅に歩き、どこかへ去っていった。
彼女を追う勇気は一切無かった。むしろ、追えば死が確定するところまで見えている。
「まぁいいわ、とりあえず仕事に戻りましょ……」
私は、急いで別荘に向かった。別荘の扉は先ほどの銃撃で蝶番が壊れている。
ドアを破壊して、そのまま玄関ロビーをクリア。リビングの暖炉は火がつけられっぱなしだ。キッチン、応接間、書斎、全てクリア。残すところは……怪しげなドアが一個。
「簡単に考えればここでしょうけど……」
内鍵式のドアは施錠されていてこちらからは開けられない。内開きだからマスターキーを使ってぶち抜くこともできない。
だけどこの程度の扉ならば、蹴破れる。私は一つ息を吐いて、踵を思いっきりドアに叩きつけた。
しまった、ドアノブを壊してしまった。しょうがないので、肩からドアに当たりに行く。
派手な音を立てつつ開いた先には、怪しげな階段が続いている。この下に、アイツはいるのだろう。
奪ったマカロフを構えつつ進む。二十段降りてまだ続く階段に飽きてき────
────銃声が聞こえた。
「
急いで、残り四十段程を駆け下りる。任務を遂行する中でここまで焦ったのは初めてだ。
「────ジュンっ!!」
やっと、アイツをどう呼んでいたか思い出した。最後の扉を無我夢中で蹴破る。その先には、
「遅かったな」
私は、膝から床に崩れ落ちた。
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