Episode.24:未完なピリオド
────俺は、何の為に手を汚してきたのだろうか。
目の前の男の問いかけにただただ頷くことしかできなかった。ただ、それでもいい。俺は、復讐のために殺しているわけではないのだから。
「そろそろ、復讐の為に手を下してきたと認めればいいのに、なぜそこまで意固地になる」
「俺は、正しいと思った事をやってきたまでだ。お前にそれを否定される気はない」
あと、三分。あと三分あれば状況は変わる。時間を稼ぐほどの何かが欲しいところだ。
頭を回転させてこの状況に対する打開策を編み出す。五分後には死んでいるだろう。
「さて、あと二つほど質問したい。それが終わったら晴れてこの尋問も終わりにしようか」
「そうか、一つ目はなんだ」
「ミズ・バルバロッサ、を知っているね?」
とんだ名前が出てきたものだ。世界を股にかける“暗殺者”の話が突然出てくるなんて思いもしなかった。
いつも黒の修道服に鉄仮面を被り、レトロな武器を使うという噂の暗殺者。しかも恐ろしいのが“誰を殺してきたのかさえも分からないほどに手口がバラバラ”という事らしい。
彼女が使う武器は前世代の物だが、それはあくまでも“戦闘”に使う物。“任務”には何か別のものを使っているようだ。
「名前だけは知っている」
「では一つ目の質問だ、彼女の正体は誰だ?」
「そんなもの知るわけがない」
何故、関係のない話をし始めたのだろうか。全く理解ができなかった。
男の顔から、その真意は読み取れそうも無かった。
「そうか、では二つ目。もしも私がその正体を知っているとしたら、どうする?」
問いの意味すらも理解ができない。俺が、鈍っているのだろうか。そんなことはない。言葉は理解できている。
「知るはずがないものに答える義理はない」
「そうか、ならば君はもう用は無いな」
懐からノリンコのハンドガンが出てくる。懐かしいフォルムを見ながら、冷静になってこの状況を考えてみる。思考が全くもって追いつかない事を再認識しただけだった。
「命乞いとかは好きじゃないのでね、ここで終わりだな」
言い切るか否かのタイミングで、大量の銃声が上から聞こえてきた。防音加工をしているであろうこの部屋ですらこの音だ。かなり大きな銃撃戦になっているのだろう。
男は無線を手に取ると、何かを叫び始めた。だが、応答は一切返ってこない。熾烈な銃撃戦が上で繰り広げられている最中────俺も今仕事を一つ終えた。
「なんだ、俺のことを殺さないのか?」
「少し、静かにしててくれ」
男の焦るような表情と共に、上の銃声がパタリと止んだ。男は完全に、部屋の入口の方を凝視していた。
────機は熟した。
あらかじめ解いておいた縄を落として、男の背後に静かに立つ。振り返る余裕すら与えずに後頭部に打撃を与えた。
落とした銃を拾い、男の眉間に突きつける。
「とりあえず、お前達は罪を犯しすぎた」
「ふん、それがどう────」
「────その野心、ここに置いていけ」
聞きなれた銃声、男の体をその場に放置して出口に向かう。扉の向こうから騒がしい足音が聞こえる。
ここから出るには出口は一つしかない。だが、向こうからやってくる人影が敵か味方かは判別できない。相手から入ってくるのを待ち受けるしか無かった。
残り三秒────入ってくるのは、誰だ。
「────ジュンっ!!」
懐かしい叫び声だ。そういえば、こんな呼び方をしていた助手が一人いた。
「遅かったな」
彼女が膝を地面についた姿を見たのは────いや、結構見ていたかもしれない。
女の子座り、とよく言われる座り方をしている彼女。これは弱みとして握って、いや家ではこんな感じだった気もする。
「…………そうね、心配した私が無駄だったみたいね」
「元々心配してないだろうに、心にもない事を言うのは──」
頰に鋭い痛みが走る。気付いた時には彼女にマウントを取られていた。
彼女の表情は影になって見えない。が、俺の胸ぐらを掴んでいる感覚はハッキリしていた。
「誰が、心配してないですって?」
「実際心配はしていないだろう?」
「…………たけど」
声が細くなっている。彼女にしてはとても珍しい反応だ。
聞き直そうかとも思ったが、それは余計なことを招く気がしてならなかった。
「とにかく、人にどれだけ迷惑をかけたと思ってるの。ここを探し出すまでにだいぶ時間かかったのよ。全てマヌケなお前のせいだぞ」
「それはごもっともだ。すまない」
「謝って済むなら憲兵なんていらないの。私が欲しいのは分かるでしょ」
「…………いつものか?」
今まで出会ってきた女の中でも一番やりづらい相手だとは思う。遠回しな言い方に見えて、核心をついてきたり。はたまた直接言っているように見えて、相手を気遣っていたり。
つくづく不思議な女だと思う。
「──ホントに、この国の男の間抜けさにはヘドが出るわ。早く立ちなさい、もう帰って新しい家探す────」
引き上げられて、そのまままた地面に倒される。俺の胸には彼女がもたれかかってくる。
なんとなく、察してはいたが彼女の首元をそっと撫でる。使い捨てカイロのように熱くなっている彼女の背中と膝に、腕を回した。
彼女の目は虚ろながらも、抵抗の意志を宿していた。
「はな…………せ…………」
「いつもと違うな。力ずくで離れてみたらどうだ?」
「あと……で……ころす…………」
彼女をそっと抱き上げて、階段を上っていく。彼女は目や口とは裏腹に、従順に腕の中にいた。やはり身体が
この後はどうしようか。とりあえず、この屋敷の中の車を一台貰っていこう。
ガレージの鍵で外車のドアを開ける。後部座席にクラリスを寝かせて、静かに運転席に乗り込む。
「確か、呉って名前だったか。師匠なら何か知ってるかもしれな────」
クラリスは熱さから、キャットスーツのジッパーを下ろしている。その胸元、鈍く光るネックレスを見つけた。
あの形を俺は知っている。なぜクラリスが持っているのかは知らないが。
だが、持ち主が今これを持っていないという事は、持ち主に何があったか容易に想像できる。
「そうか……お疲れ様。あとはこっちに任せろ……」
明日やることがもう一つ増えた。一番やりたくない仕事だが仕方ない。この仕事をしていれば否が応でもやらなければいけない仕事だ。
「さて、お土産はどうするかな……」
森を抜けて、民家がまばらに並ぶ郊外の幹線道路。どこか心もとない気もするが、俺はゆっくりとタバコに火をつけた。
***
ようやく、会えた。
込み上げる嬉しさを出してしまわないように、私は近くの木にもたれかかった。
ここまで辿り着くまでに九年。私の贖罪はここで終わるのだろうか。
『────貴女は、本当に背負い切れるんですか?』
あの女の声がまた脳裏に響く。静かな雪の日だったのを覚えている。
あの引き金を引いた時から、歯車はもうすでに外れていた。
全ては、家族の為に。私の周りの人間が少しでも幸せになれるように。
決断をしてから三十年も経ったのか。長い、長い道程だった。
『────ええ、もちろんよ』
二十年強かけて築いてきた確固たる自信が、あの時二度目の決断をさせた。
完全に裏から守り続ける事を、あの子が真相に辿り着くまで導く事を。
「そうね、それが……」
そこから先の声が出ない。振り絞って言うことでもない当たり前の事なのに、私はその先を口には出せなかった。
「…………待ってるわ、頑張って」
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