Episode.22:冷酷なベトレイヤル




「へぇ、こんな所で会うなんて奇遇ね、どうしたのかしら?」


 こみ上げる感情を飲み込もうとするが、どうしても抑えられない。

 アイツを私は殺したい。

 そう心から思ったのは久しぶりだ。


「ソイツが私にとって邪魔だからだ」

「そう、どうして邪魔なの?」

「…………うるさい、お前も死ね」


 耳のかすかの動きに身体が勝手に反応する。瓦礫だらけのプールサイドを転がって、起き上がった。腕に弾がかすっているのは、気にしてはいけない。


「随分短気なのね、貴女の故郷は〜、ああそうね、短気な人が多いものね?」

「うるさいっ、これ以上馬鹿にするな」


 こちらは銃を全てロストしているのに対して、向こうは距離が離れれば余裕はある。

 あの女を正確に壊す方法、それを今考えなければいけない。


「そうね、貴方は“国家安全部”の人間かしら?」


 彼女達の国の中で情報を司る機関。そこが絡んでいるってことは、元々キナ臭い物がさらにキナ臭くなる。

 彼女は依然としてこちらに銃口を向けているままだ。


「そんな事、どうでもいいだろう?」

「そうね、じゃあ面倒くさいから──壊れて?」


 コンバットナイフを、対象の眉間めがけて投げる。力、速度、距離、全て文句なしだ。あとは相手の実力次第────

 ハンドガンの銃座を返して叩き落としている。そのままマズルをこちらに向け直していた。


 それに二秒かけてくれるとは丁度いい。


 一息吐いて地面を蹴る。いつも通り相手の喉仏を砕くつもりで。その手が上に逸らされて、拳が私の身体に当たる。ちょっと痛いくらいならいつも通り踏ん張れば────


 あ、これ死ぬ。


 彼女の拳、という支えを失った身体が勝手に地面に崩れる。込み上げるものを込み上げるがままに吐き出す。胃の中身が全て出ていった気がする。

 長い吐息と共に、彼女はこちらの出方を伺っている。

 腰を落として半身で構えるその姿、彼女の容姿にとても合った構え方だ。


「ホントに、貴女の国の武術ってえげつないわよね……」

「否、お前が弱いだけだ」


 左腕を前に牽制しつつ、動こうものなら引かれた右手から一撃が繰り出される。隙のない構えをそうやって取ってくるのであれば────こちらにも考えがある。

 相手の身体を観察して、観察して、理解する。

 相手の動きを理解して、理解して、予測する。


 


 彼女の足は微動だにしない。だからといって、彼女が攻勢に転ずることがない、とは言い切れない。

 独特の歩法で間合いを詰めて、一撃にて封殺する。


 彼女の腰が沈んだかと思えば、もう息のかかる位置まで詰められている。繰り出される一撃を私は耐えられるのだろうか。

 ────いや、耐える前に壊せばいい。


 予測して身体を軌道から外す。掠っただけで肋骨が折れる程の威力、流石としか言いようがない。

 追撃の一打は──鎖骨に向けて振り下ろされつつある。まずい、当たってしまったら今度こそ治らなくなる。

 左胸に鈍器で殴られたような衝撃、心臓が止まった気がする。

 肩を掴んで、相手の裏側に《転身》する。

 無防備な項にナイフを突き立てた。この長さなら呼吸くらいはでき──ないか。


「なかなか、やる、じゃない」


 息がしづらい。心臓を掴まれているような感覚から抜け出すために深呼吸する。一つ、二つ吸い直しても違和感はまだ残っている。


「…………父に謝っておいてくれ。父さんは何も関係ないから」

「そう、分かった」


 彼女のハンドガンを拾い、額に穴を開ける。その体はプールに投げ捨てておけばいいだろう。

 私は、瓦礫の上で少なく息をしている男の元へ向かった。


「まさか……なぁ……」

「……もう少し休めば、出発できそうだな。休んでろ」


 隣に座って、さっきもらったバスタオルを枕にさせる。せめて、静かに寝て欲しい、そう思ったからだ。


「なんだ、何を探している」

「ペンダント…………」


 男の側には、古びたペンダントが落ちている。その中には、幸せそうに笑う男と、少女が二人いた。


りんはな、明後日で十歳になるんだ。身体が弱いのにいつも家の事を沢山やってくれるんだよ…………」


 ペンダントの写真を愛おしそうに見つめるその姿は、父親そのものの姿だった。

 私の、父さんもそんな風に思っていたのだろうか。


玲奈れなはこの間四歳になったばかりなんだ。外で遊ぶのが大好きでな、日曜日は公園に弁当を持っていくんだ…………」

「そうか、そんな柄には見えないがな」


 数多もの戦場を乗り越えてきた彼、でもその手は決して汚れてなんかいないように見えた。

 彼は彼なりに、守るべきものの為に戦ってきたのだろう。


「なぁ、これをカインに渡してくれないか……?」

「…………自分で渡せ、あいにく私はそういうに苦手なんでな」


 埃浮かぶ水面をじっと見つめる。彼の息はますます弱くなっていた。


「……そうか……まぁ、苦手そうだな」

「ああ、苦手だ。だから、必ず起きて渡しに行け。それが確実だ」


「…………そうだな、ありがとう」


 聞こえるのは森を鳴かせる夜風だけになった。月が水面へ、朧げにその姿を映している。

 私は、静かに眠りについた男の体を平らなところに寝かせた。

 錆びたペンダントをそっと手に取り、中身のなくなったポーチに入れる。


「しょうがないね、私がアイツに託しておく。貴方はゆっくり眠りなさい」


 森のざわめきが静かになった。何もかけるものがないのは悔やまれるが、それは仕方がない。

 こんな光景、たくさん見てきたから私は分かる。分かっているが、理解ができない。

 悔悟の涙、なんてものはとっくに失くしている。もう父と母を殺された恨みすらも。

 ────先手を打って、次の「私」を作らせなければいい。


「…………そこにいるのは誰」


 物音がした。瓦礫の裏に誰かいる。目撃者がいるのなら消してしまわないと面倒だ。

 あえてゆっくりそこに近づいていく。十歩も歩けば男の絶叫が聞こえた。それと同時にカモシカのように飛び出す人影も見える。


「待ちなさい……!」


 一息吸って追跡を始める。男の背中は大体十メートル先、このくらいの明るさなら見失うことはないだろう。


「待てって言ってるだろ!」


 男の情けない声が、耳に入ってくる。不快な声を拭う為、より殺意を高めて追跡する。

 走っている足元に何か転がるのが見えた。多分手榴弾だろう。ほら、三秒もすれば爆発した。

 差は残り五メートル。この程度の距離は誤差の範囲内だ。手を伸ばしてうなじに掴みかかる。

 男は突如振り返って、アサルトライフルで殴りかかってきた。それごと蹴り飛ばして、男のマウントを取ろうと飛びかかる。お腹に熱い衝撃、多分蹴られたのだろう。だけど、それで怯むのは男か軟弱な女だけだ。

 アサルトライフルの銃座で男の股間を思いっきり殴る。男は悶えながら叫び始めた。


「やめろ、殺さないでくれ!!」

「人質はどこだ、答えなきゃ殺す」


 男の荒い息遣いを今すぐにでも止めたい。喉元に奪ったアサルトライフルを突きつける。


「その銃はな、使い慣れてないと操作が難し────」


 三点射を男の顔近くに浴びせる。この程度のアサルトライフルならば、使い慣れていた。

 男の顔が恐怖に歪んでいく。私が見たいのはそんな顔じゃないし、求めてすらいない。


「答えろ」

「……呉少佐、小隊長の別荘にいる。ここから車で三十分くらいの所にある」

「連れて行け、じゃなきゃ撃つ」


 男を立たせて、近くの車に叩き込む。手足を縛って助手席に乗せて、私はハンドルを握った。


「少しでも間違えたら、分かってるね?」

「ひ、ひゃいっ!」


 私は男の言葉通りに車を進め始める。さて────

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