Episode.18:切迫するマローダーズ
俺達がたどり着いたのは小さなペンションだった。こんな山奥にペンションがあるはずがないのだが、そこは気にしてはいけない気がした。
「ポイントマン、やってくれるんでしょ?」
「お前にガナーが務まるのか?」
「やっぱり私が開ける、ついてきな」
クラリスは妙にウキウキした様子で、正面のドアを調べている。トラップがあるかどうかは重要だ。
「ここは無さそうね」
グラッチで蝶番を破壊する、そのままドアを蹴破り中に入る。玄関からロビーに向けてはクリアした。
「二階を頼む」
「了解、一階は任せたからね」
一階にはキッチンともう一部屋ある。キッチンは、荒れてはいるが人が最近入った形跡はどこにもなかった。
もう一部屋は、大きな長机と暖炉があるのみで異変はない。
タンスの中を調べるが、出てきたのは丈の長いドレスが何着かあるくらいだ。
「クリア、そっちはどうだ」
「上がってきて〜」
クラリスの声の調子から、敵はいないのだろう。だが、何かしらの痕跡はあったということだ。俺は、警戒しつつギシギシ鳴る階段を登って行った。
「こっちこっち」
手招きされて入った部屋には、ああ、痕跡というには大きすぎるものが残されている。
見るからに人の良さそうな好々爺が椅子に座らさせられている。だが、その手足口は縛られて、顔は俯いている。
その眉間には、特徴的な孔が開いていた。
「……死後一時間くらいって所だな。俺らが走っていた頃には既にこのご老人は射殺されて────なるほど、どこかで見たことのある顔だと思ったら、思い出したぞ」
老人の目を閉じさせてやってから、俺はスマホを取り出す。着信履歴の一番早い番号に俺はかけていた。
「もしもし、ああ、俺だ」
『もうそろそろ、こっちの部隊も到着する頃なんだが』
「眉間が涼しそうだ」
『…………そうか、検視班と鑑識をそっちによこす。とりあえず何かあったら、連絡するから先に帰っててくれ』
意気消沈したような口ぶりで、彼女は電話を切ろうとしている。だが、それではこっちもここまできた意味がない。ここはもうひと押しして情報を手に入れたいところだ。
「これは何の事件だ?」
『そうね、誘拐事件よ』
最高議会の議長を誘拐するとは、犯人は大分手慣れているのだろう。
周囲に犯人の証拠が無いか、探してみる。
『ああ、貴方達が調べても無駄。“六六小隊”が犯行声明を出したわ』
その言葉で、俺はペンライトをしまった。なるほど、あそこならばこの程度の誘拐簡単にやってのけるだろう。
「とりあえず俺は帰る、それでいいな?」
『ええ、今度正式に外注依頼出すわね』
「ああ、分かった。あと、例の件頼んだぞ」
返事を待たずに、俺は電話を切った。そのまま銃を下ろして、クラリスの方を向く。彼女は退屈そうにコンビニの小さいパンケーキを頬張っていた。
「いつも思っていたんだが、そのポーチには何が入ってるんだ?」
「女の秘密が沢山入ってる」
最近、真面目に向き合うのも面倒臭いので、変なことを言い始めたらスルーする事に決めた。実際、これには結構いい効果があって、クラリスも一人で拗ねる事なく後ろからついてくる。
「もしも、沢山お金が手に入ったらどうする?」
「新しい相棒を雇う」
「あら、二人目の相棒だなんて贅沢ね」
助手席に座って、座席を最大限まで倒している。
俺は、渋滞情報を調べながら家への経路を考えていた。
「少しドライブして帰りましょうよ?」
「どうせ寝るだろ」
「子供じゃあるまいし寝るわけないじゃない」
車を走り出させて十分、もう寝てしまっているクラリスを放置して隠れ家に向かい始める。もしも六六小隊が執行対象になったのならば、かなり面倒な案件になりそうだ。
彼らは、八年前の『首都圏同時多発テロ』において暗躍したテロ組織、“大東亜統一戦線”の残党達だ。寸分違わぬ計画でターゲットを強襲し、誘拐したのちに莫大な身代金を受け取る。彼らが声明を出すのは、ターゲットを処刑した時に限るのだ。
「懐かしいな、多数を相手にするのは、あの戦争以来か……」
砂漠地帯を飛び回った九年前の夏を思い出す。あの時は、ただひたすらにがむしゃらに生きていた。
あの跨線橋の上で、師匠に声をかけてもらえなかったら。
あの時、声を無視して返事を返さなかったら、平和な人生を歩めたのだろうか。いや、そんな大した人生は歩めなかっただろう。というより、あの跨線橋の下で轢死体になって終わりだ。
しばらく思い出に浸りながら、 隠れ家に何とか帰り着いた。ずっと寝ていたクラリスを起こして、車の鍵をかける。中には忘れ物────クラリスを忘れていた。
「すまない、いつもの癖だ」
「さすが、安全は全てに最優先するって言うものね」
いつもよりも大きな音を立てて車のドアを閉めると、真っ先に家へ向かっていった。このままではドアを破壊されかねない。
「そういえば、いちごオレストック切らしてるんじゃ無いのか?」
「ああ、そうね、じゃあ、財布……」
機嫌良さそうに、彼女は財布を持ってコンビニに向かっていった。俺は、家に入り武装解除する。
コーヒーと軽食を用意して、テレビの電源をつける。久しぶりに昔気に入っていた映画を見る事にしよう。
昔、母親に勧められて見た記憶があるのだが、とても面白かった。そういえば、母親は元気にしているのだろうか。
テロが起きたあの年に、母親は失踪した。あの頃には傭兵として戦っていた俺でも、そのニュースは非常にショックを受けたのを覚えている。
いつも笑顔でいるのかと思いきや、怒る時には阿修羅の如く怒り、強烈な鉄拳制裁が降りてくる。
基本的には放任主義だが、大事な所で適切に介入し問題を解決する。あのスキルだけは一生かかっても手に入れられないような気がした。
「懐かしいな、母さん……生きてるといいな……」
カレーは三日かけて作る、唐揚げという名の竜田揚げは前日の夜から仕込む、ああそうだ。料理に関しては、物凄く凝っていた人だった。
コーヒーカップを置き、サンドイッチを咥える。それと同時に玄関の鍵も開錠された。
「ああ、お帰────
響き渡ったのは、クラリスの愚痴よりもうるさい銃声だった。
理解ができず、ソファを盾にして思考を落ち着ける。
この家の家具は、基本的に緊急時想定の為銃撃戦に耐えられるようになっている。俺はソファの下から、グロックを取り出し応戦を試みる。
圧倒的な火力に手も足も出ない。リロードの隙を狙うこともできない。まだ貫通はされないはずだ。
────そう考えていた俺が甘かった。
ピンを抜かれる音、こういった連中が自爆攻撃を仕掛けてくるはずがない。
炸裂音と共に、部屋中に煙幕が張られた。視界を奪われながら、俺は音に集中する。
後ろに二人いる。俺は銃座で殴りかかってから、もう一人を制圧しようと────
しまった、と思った頃には右腕に熱い痛みが走る。銃弾をまともに受けてしまった。俺は、なんとか脱出を試みるが、AKの銃座はそれを許してくれなかった。
遠ざかって行く意識の中、別に愛した女の叫びが聞こえるわけでも、母親の心配そうな声が聞こえるわけでもない。
男達に抱えられて、ようやく完全に意識を手放せた。
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