Crime.2:革命の尖兵、恐々しく

Episode.17:非情なアブダクト




 新都南国際空港から海浜地区を繋ぐ橋を、一台のクラウンが走っている。運転席後ろに座っているのは、この国の行政を司る最高議会の議長だ。


「あと、どれくらいかね」

「もう少しお待ちください、娘さんはそんなに早く逃げませんよ」


 普段かわいがっている秘書兼運転手。いつも通り和やかな返事で、制限速度を超えないぐらいで飛ばしている。

 議長は、海外留学から帰ってくる娘を迎える為に、わざわざ午後は休みを取って空港へ向かっていた。


「どうやら、首席で卒業したようなんだ。いつもの店は押さえているな?」

「ええ、今日は盛大にお祝いしないといけませんね」

「勿論だ、そうそう、キミもちゃんと参加するんだぞ?」


 にこやかに議長は笑いながら、窓を見ていた。旅客機が目に入る度、心を躍らせている。


「私は秘書ですゆえ、家族水入らずの時間を過ごされては……」

「何を言っているんだ、キミは妻や娘と同じくらい家族だと思っているんだ。頼んだよ?」


 息子同然にかわいがってきた秘書の肩を叩く。その姿はまごう事なき良き父親の姿だった。


「そう言ってもらえるとは恐縮です。それでは参加させていただきたいと思います」

「ああ、楽しみにしているよ」


 秘書も、議長の性格の良さは知っていた。そもそも、“庶民派政治家”として政界に進出して、庶民の中に根付いた政治を心がけてきた彼だ。家も、大体の政治家が“田園都市”や“雲雀丘地区”などの高級住宅街に住んでいる中、議長一家は少し離れたニュータウンの一角に居を構えているのだ。


「あとはこの橋を渡りきれば────」


 橋も半分に差し掛かったところで車に衝撃が走る。何か、突起物を踏んだのだろうか。ここでパンクは面倒なことになってしまう。秘書は車を片側に寄せて停車した。


「お急ぎのところ申し訳ありません、車の様子を見てきます」

「ああ、安全は全てに優先すべき事だ。負い目には感じないでくれ」


 秘書がそっと降りると、果たして右後輪がパンクしていた。流石にジャッキとスペアタイヤを積める程の車ではない。


「急がば回れ、という事で歩こうか」


 ニコニコしながら、議長が車から降りようとする。その時、前後にハンヴィーが二台、前後を挟むように停車した。秘書は、直感的に危険を感じ取り車内の散弾銃を取りに向かった。

 ハンヴィーからは、アサルトライフルを持った兵士が十二人降りてくる。彼らのAKが容赦無く火を噴き始めた。

 秘書の持つ散弾銃は地面に落ちていく。彼の体は、現代アートのように蜂の巣となり倒れた。


「丹下君、おい!!」


 議長は青ざめた顔で彼の体を見ていた。ドアが乱暴に開けられ、議長が車の中から引きずり出される。


「おい、離せ、何をする!!」


 足元に転がる空薬莢に足を滑らせながら、必死に議長は抵抗した。だが、AKの銃座で殴られて彼は意識を手放した。


「設置完了、撤収しましょう」

「こちら“六六”、第一段階完了。第二段階に移ります」


 猛スピードで走り去るハンヴィー二台。彼らが反対側に上陸すると同時に、橋の中央では爆炎が上がった。




***



「ねぇ、この子可愛くない?」


 朝起きると、クラリスが仔猫と遊んでいた。開いたり閉じたりを繰り返す手に、楽しそうにじゃれている仔猫はとても愛らしかった。


「どこの家から持ってきたんだ」

「何それ、人聞きの悪い。勝手にこの子が入ってきたのよ」


 優しく撫でながら、彼女の不満げな声を無視する。最近、一件一件の質が高くなったからか、どうも体が疲れる。俺は、いちごオレにストローをさして──間違えた。俺が買ってきたのはカフェラテだった。


「人のいちごオレ飲んでるんだからこの仔飼ってもいいでしょ?」

「釣り合ってない、やり直せ」

「あら、貴方の命といちごオレと仔猫は釣り合ってるのだけど?」


 彼女は、仔猫をゆっくり抱くとシュークリームを食べ始めた。彼女の服の中に入り、胸元から顔だけ出している。多分あそこが一番暖かいと判断したのだろう。win-winな関係になっているのにはなかなか驚かされる。


「貴方はダメよ」

「求めてない、黙って食べてろ」


 新聞を手に取るが、さして興味の引かれるニュースは無い。エアポートブリッジで車が爆発したぐらいだろうか。

 簡単に作ったサンドイッチを手に取って、ゆっくりと朝ごはんを食べようと────


「電話、鳴ってるけど」

「ああ、知ってる」


 連絡用のスマートフォンを手に取る。この番号はどこかで見たことがある。


「もしもし」

『久しぶりだな』


 電話を切る。めんどくさい声が聞こえた。だが、同じ番号からかかってくるのは当然の事だった。


『なんだ、同じ屋根の下で過ごした仲間じゃないか』

「別に、野営テントの中で寝袋で寝ただけだろ」


 この女は本当に面倒臭い。面倒臭いが実力は確かなので諦めるしかない。


「何の用だ」

『ちょっと、手を貸して欲しい案件があってだな。こっちまで来てくれないか?』

「断る」


 返事は明瞭かつ端的に、師匠とのルール五つ目だ。そうすれば、相手は強い意志を持って返事したと認識するからだ、と師匠は戦場で叫んでいた。


『その選択肢はない、何故なら、“緊注案件”だからだ』

「…………珍しいな、そんな事態に陥るなんて」

「誰と話しているの?」


 ソファに寝転がって不機嫌そうな声で、クラリスがストローを飛ばしてくる。


「ああ、憲兵庁長官だ。ここまで出世するとは思わなかった」

『がむしゃらに媚を売り続けただけだ、枕も辞さなかったしな』

「そうか、それは良かったな」


 相変わらず笑えないジョークを投げてくる彼女、適当にあしらわないと面倒なことになる。


『それでだな、お前達にはこの場所に行って欲しい』

「おい、人の携帯に勝手にメッセージを送るな」


 メッセージを開くと、ここから三時間ほどの山奥の建物の位置情報が添付されていた。


「なんだここは」

『そうね、貴方達のターゲットがそこにいるわ。もし従わないなら“Eリスト”からあなたの情報を抹消するわね』


 完全な職権乱用になるだろうが、その一言には逆らえない。俺は静かに電話を切って用意を始めた。


「クラリス、出かけるぞ」

「あら、仕事?」

「そうだ、PDWを持っていけ」


 PDW、短機関銃に類似しているがより取り回しやすくなった小銃の事だ。

 俺は、ガンラックからP90を手に取りケースに移す。クラリスはPP-2000を同じくケースに移している。


「祖国の銃が好きなんだな」

「使い続けてきたからに決まってるでしょ」


 クラリスは、眠っている仔猫を胸元から引っ張り出し、洗ったばかりのタオルが入ったカゴに入れてやっていた。日の当たる暖かいところにそのカゴを置くと、彼女は軽くキスをしてこっちに来る。


「じゃあ、行きましょ?」

「いつもの用意はちゃんとしたか?」

「ええ、チョコ食べる?」


 半ば強引に口にねじ込まれたチョコを舐めながら、俺は外に出た。



 この間用意した車を走らせる。この間の法改正で、高速道路の制限速度が撤廃されたのは記憶に新しいところだ。


「どんな事件なの?」

「さぁ、大きな事件だろうな」


 山の景色を懐かしげに見ながら、彼女は棒付きのキャンディを舐めている。しばらく走ると、右手にこの国のシンボルとも言える霊峰が見えてきた。


「へぇ、キレイな山なのね」

「ああ、なんだかんだ言ってこの国に住んでたら、桜とあの山が嫌いな奴はそうそういないだろう」


 クラリスは寝つきがいい。故に、会話をしているはずなのに、突然寝ていることが多い。不思議な性格なのか身体なのかは知らないが、俺は気にせず目的地に向かった。


 それから二時間後、目的の場所から一キロ離れた所に俺たちは車を停めて準備を進めていた。


「ここは滅多に人も来ない。自殺志願者が彷徨っているかもしれないがそれは無視してくれ」

「はーい、さて何がいるのかしら〜」


 お互いに警戒しながら、小屋へと向かう。違和感を感じてはいたが、それを払拭しきれぬまま俺たちは進んで行った。

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