Episode.16:冷徹なナイトメア
『ターゲットの名前は、時沢 トオル。高校の美術教師だ。本当ならば娘をさらって殺した犯人を殺してほしいって言う依頼を受けていたが、青ひげの話に辿り着いて今に至ってるわけだ』
海辺に建てられた別荘、その近くの小屋に“Nightmare”は隠れていた。ターゲットは、この家に向けて車を走らせているようだ。
「鍵が開いたぞ」
「ごめんなさいね〜、少し外で眠っててちょうだいね〜」
小さな子供と目が合い、クラリスがそっとタオルを被せる。子供はクラリスの胸にもたれかかるように眠っていた。
ゆっくりと警戒しつつ、主人と妻を指定の場所へ眠らせたまま連れて行く。
「車を爆破するって言う手は無かったの?」
「…………今回は知らないが、俺らならそうするな」
家族を救出して、砂浜で警護に当たる。俺は、海に映る月を見ながらタバコに火をつける。
「…………海って綺麗ね」
「なんだ、見たことないのか?」
「私の生まれた村は、山と山に挟まれているような所だったから」
目を細めて、彼女は途中で買った板チョコを食べていた。まるで夜のピクニックみたいね、と楽しそうにお菓子を買っていた彼女を思い出す。
「人の数よりも、牛が多かった。もう二十年前のことだしあんまり覚えてないけど、みんないつも歌って踊ってたわ」
「クラリスがそこの中にいるのが想像つくな」
たまには、こうやってゆっくりとするのもいいのかもしれない。面食らったような表情をしているクラリスの板チョコを、一欠片もらう
「後で二十分の一は払ってもらうわね」
「別にいいだろ」
『取り込み中すまないが、ターゲットの車が到着した』
無線から、冷静な声が聞こえる。俺はゆっくりと寝転んで、月を見上げた。美術教師ならば、一人で処理できるだろう。
クラリスは、もう寝ている。俺は、彼女の手の板チョコを取り、暇つぶしに食べ始めた。
***
「目はいいのだな」
「こういう仕事は沢山してきたからね……!」
アオイの繰り出した
────次は、首ね
首を狙い落とされる手刀を、一歩引いて躱そうと、
「……?! ぐっ……ふぅ……!」
地面が足につかない。首を掴まれて持ち上げられている、それを認識した頃には壁に叩きつけられていた。
昨日の夜、メグに身体の調子を診てもらったが、関節が動きやすくなっていた。そのせいもあってか、男の動きにもすぐ反応ができるようになった。
「人は何故、“美”を理解しない。自分の矮小な美的観念に囚われ、“美”という概念を犯すのか」
「面白い考えを持っているのね」
男は、呼吸を乱さずゆっくりとアオイに近づく。その手には注射器が握られている。
「そもそも、“美”とはその中で優劣がつけられるモノではない。静的な物、動的な物、天然の物、人工の物。それらが自然である所に美は存在している。そう、醜いという概念は人が創り出した物なのだ」
アオイは、臆することなく注射器の針を避ける。男の口元に、異常な程の笑みが湛えられた。
「ごめんなさいね、貴方の言っている事が理解できないわ」
「そうか、それならば説明しよう。人間の行動はとある一点を除いて美しいのだ。“美”を否定する事、節足動物や無脊椎動物ですら“自然”という美の宝庫を享受しながら生活しているのに、“美”を受け入れない人間は、ただの物体でしかない」
四白眼のまま、男はアオイに掴みかかる。だが、素人相手に組み伏せられる程、彼女の能力は低くない。
手首を掴んで、逆方向にひねってやると注射器が落とされる。男は空いた手でアオイの右肩を狙う。だが、その手すらも掴まれてしまった。
「なるほど、侮ったのは私の方か」
「説明もまともにできないような男に触らせる身体はないのよ」
両者、目を離さず押しも下がりもしない。男は、ますます瞳を小さくし笑みを浮かべる。
「物体を私がどう使おうと、私の勝手だろう。だから、私はその物体を使って絵を描いた。アレらも画材となる事に意義がある。たとえ子供が描いた落書きですら、そこに美観を感じればそれは美術となる。誰しもが、そこに美を感じる。それこそが為すべき理想だろう!」
「だったら、貴方はその物質とやらなのね」
膠着して震える手が止まる。男はあからさまに息を荒くしていた。表情をしわくちゃにさせながら、力でアオイを押しつぶそうとしている。
「貴様に何が分かる! 連中は自分たちにとって気に入らない少女を黙殺した、それがあたかも正しいかのように、アイツらは私の、琴音の美を否定したんだ! そんな下等生物に人権なんてものはない!」
怒りがこもった一撃、それは普段を軽く凌駕するような物であることは明らかな話だ。
男は、一心不乱にアオイに掴みかかっている。だが、独学で学んだ物と経験を積んだ物、その優劣をつけること自体が愚問だった。
「娘を、殺されたのよね」
アオイは男を無理やり剥がして立ち上がり、ハンドガンを突きつけた。中国拳法の触りしかやっていないような護身術相手に苦戦している方がおかしいのだ。
「それでも、こんな歪んだやり方で果たすのは、それこそ美しくないわ」
「お前、ふざけるなよ!!!!!」
「────おっと、そこまでだ」
気の抜けたような男の声。二人が振り向くと、グロックを突きつけられた女と、その後ろに黒コートの男が立っていた。
「ま、舞……? 舞を離せ!!じゃなきゃコイツは────」
男の肩から血が噴き出る。だが、グロックは女のこめかみからは離れていない。
「そうね〜、まさか、貴方がただの耽美主義の人畜無害な美術教師だとは思わなかったわ」
「人畜無害、この男が人畜無害だというのならば、一度辞書を引いてみるといいわよ」
そこに座っていたのは、クラリスだった。
***
クラリスは窓に腰掛けて、グラッチを男に向けている。もう片手にはどら焼きを持っている。彼女は、いつもよりやる気がなさそうだった。
「なーんか、悲しいわね。娘を殺した男を庇った奴らに復讐を。というか、復讐って馬鹿らしくない?」
「……アナタに、アナタにこの気持ちが、分かるっていうの?!?!?!」
絶叫する女の声に、クラリスが肩をすくめながら反応する。手に持っていたどら焼きを落としてしまい、残念そうにそれを見ている。
「そうね、私の知り合いの話をしましょうかね。彼女はね、両親とお兄ちゃんを目の前で殺されたの。すっごく可哀想な話でしょう? しかも、それは五歳の誕生日だったんだって。彼女が覚えているのは、その時に包丁を投げつけたぐらい。そんな勇気のあるちびっこが現実に存在するんだ〜、なんて思いながら話を聞いてたんだけど、その子結局大人になったら、どうなったと思う?」
クラリスは、ゆっくりとナイフを取り出して窓から降りる。彼女の目は昏く、女をじっと見つめている。
「なーんも変わらない、普通の女性になったわ」
「だったら、分かるはずも──」
「ただ一点、他人の事を考えられなくなった、ってことを除いてね」
男はゆっくりと崩れ落ちると、泣き叫び始めた。それはそれはもう────我を忘れて醜い程に泣いていた。
「復讐心が心の土壌になってしまったら、人はそれこそ人でなくなるのよ」
男の胸にナイフが突き立てられる。彼女の動作には一切無駄がなかった。
女は、絶望のままにむせび泣いている。その姿を見ていると、なんとも言えない気持ちに襲われる。
「さて、悪夢を見せるんじゃなかったの、“Nightmare”さん?」
「……趣味が悪いのね」
そう言いながら、少女は持っていたナイフで女の喉元を切り裂いた。彼女の目は、最期まで報われない母親の目をしていた。
「終わったぞ」
『ご苦労さん』
簡単な報告を済ませて、俺はクラリスと家を出ようとする。
「貴方達は、大切なモノを失くしたことがないの?」
少女からの問いかけ、それに答えることは────できなかった。
ゆっくりとドアを開けて、夜空を見る。ここは、星が綺麗だ。
「そろそろ行きましょ、後始末に巻き込まれたらめんどくさいわ」
「ああ、そうだな」
俺達は、彼女を残してそこから離れた。
復讐、俺は果たして復讐しようとしているだろうか…………
彼女たちの背中は危うげな、だが確固たる所に立つ安心感があった。
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