Episode.5:謎深きシーナリー
「そういえば、私は貴方をなんと呼べばいいの?」
新都の政治の中心地“第一地区”。その東側のメタリックな建物の前に俺らは立っていた。隣にはスーツ姿のクラリスがいる。
「なんとでも呼べ」
「じゃあ、私もジュンって呼ぶわ」
彼女はどことなく嬉しそうな背中を見せながら、歩いていく。
ここは憲兵局本部、俺たちは目的が二つあってやってきた。
「昨日お電話した鶴月桜と申します」
「鶴月様ですね、担当部署にご案内いたしますのでこちらへ」
クラリスは、憲兵について奥へと向かった。“執行官助役認定”の手続きを取る事が、俺たちの一つの目的だ。
もう一つは、俺が直接消化する。奥の人間に声をかける。
「すみません、
「お名前をお願いします」
「鶴月桜、と申します」
女性の憲兵は、インカムで簡単に要件を伝達する。しばらくして、ヒゲの濃い男がゆっくりと歩いてきた。
「久しぶりだな、相変わらずよくやってるのかね?」
「その話は、後ほど……」
「ああ、そうだな、ついてきてくれ」
男共に俺は倉庫フロアへと向かった。倉庫エリアの最奥には、古びた暗証番号式の扉がある。そこの暗証番号を男は打ち込む。開いた扉の先は何の変哲も無いエレベーター。それに乗り込むと、男は階数ボタンをデタラメに押し始めた。いや、どうやら暗証番号を押しているようだ。
押し終えると、浮遊感と落下感が同時にやってきた。どうやらこのエレベーターは下降しているようだ。
「それで、何が聞きたいんだ」
「アンタレス、この名前にもちろん聞き覚えあるだろ?」
男は、こめかみを揉みながら何かを考え込んでいた。しばらくして、扉が開くと白い会議室のような部屋に案内された。
「座ってくれ、ここは新設された会議室だ。ここでならウチの情報も開示できる」
勧められた椅子にかけて、男──長束二正と向かい合うような形になった。
彼の手元には、ノートパソコンが開かれている。
「アンタレスの二件目、グランドハート通商代表狙撃事件の話が聞きたい」
「まぁ、そうだろうな。あれだけやけにおかしいポイントがある」
長束は、パソコンを操作してスクリーンに映し出した。そこには、よく見る人の立体的なピクトグラムと何かの線が映し出されていた。
「弾が発見された場所と検視結果から導き出された弾道だ」
赤い線は、モデルの斜め下方から侵入し頭部で止まっていた。彼の命を奪った凶弾なのだろう。弾種は[9×39 SP-5]と記されている。
「……チェイタック弾じゃないのか?」
「モデルの足元をよく見ろ」
言われた通りにモデルの足元を見る。そこにはキチンと[.408 chey-tac]と記されていた。
「おい、まさか……」
「ああ、そのまさかだ」
長束はため息をつきながら、マイボトルの中身を飲んでいる。俺は、この国の度胸に頭を抱えるしかなかった。
「まぁ、俺は“コシツ”担当だし、お前はコシツの中でも最上級のアクセス権限を持ってやがる。何も隠すことはできないが……強いて言うのなら、そこまででもない」
「どういう事だ」
事件のシミュレーションと睨み合う。赤い弾道と黄色の弾道はそれぞれ真反対から放たれている。
犯人は二人いた、という事だ。
「ウチの上層部が何か都合が悪いことがあって隠したんだ。俺らはもちろんこの通り出した。だが、FBIは死体をよく確かめもせずに何故かそれを認めたんだ、しかも事件を黙殺した」
「そのメリットは?」
「それよりも、この凶器だ」
長束の声で俺は思考を中断させた。確かにM200を凶器に仕立て上げた向こうの意図も気になる。だが、最重要なのはこの事件で誰が通商代表を殺したか、だ。
「9×39ミリ弾なんて、特徴的だな」
「ああ、そうだ。そもそもこの弾を装弾できる狙撃銃の時点で、一つに絞られる」
「
VSSとは、ロシアが開発した狙撃銃だ。長所を簡単に纏めると、“消音狙撃銃”だという事だ。短距離ながら銃声が抑えられる為、西側諸国にかなりの脅威となった銃だ。
「じゃあ、向こうは
「可能性は三つある」
長束はゆっくりとノートパソコンを閉じる。その表情は氷のような表情だった。
「アンタレスが狙撃を外し、ロシア系工作員が狙撃した。これがFBIの見立てだ。憲兵の見立ては、謎の狙撃者Aが狙撃を外し、アンタレスが射殺した。もう一つ、話題に上がっているのは────」
突然室内の電話が鳴る。俺は、その続きを勝手に推測していた。
「すまない、上からの呼び出しだ。昔と違って守るべきものが増えたからな」
「────そうか、頑張れよ、“シュピンネ”」
「おいおい、それは五年前までの話だろ?」
長束は苦笑しながら立ち上がった。それについていくように俺もエレベーターに乗り込む。
「子供は元気か?」
「ああ、臨も玲奈もうるさいくらい元気だよ」
相好を崩しながら、彼は声を弾ませていた。自分の子供は殊更にかわいいと聞くが、娘二人も抱えては確かに危険な仕事をしたくはないだろう。
「そうか、だったら尚更早く帰ってやんないとな」
「ああ……そうだ」
男の表情も声も曇る。俺は、ゆっくりともらった缶コーヒーを開ける。
「通商代表の事件からアンタレスにアプローチするな。この事件は何かある」
「ああ、そうだな、今まで色んなものを見てきた俺ですら理解ができてない」
重く話す“戦友”に軽く返す。いや、率直に答えただけだから仕方ない。長束は鼻で笑いながらエレベーターから降りた。
「ほら、お前のフィアンセがお待ちかねだぞ」
「アイツだけはお断りだ」
長束は軽く手をあげると、一般のエレベーターに向かっていった。正面のベンチにクラリスが歩いている。俺は近くの自販機でいちごオレを買って、クラリスにパスする。
「この国は時間にとてもルーズなのね」
「そっちにだけは言われたくない」
彼女は飄々とストローを咥えている。こんな性格こんな表情なのに、甘いものが大好きなのを知った時には笑いを堪えられなかった。
あの時、吹き出してしまって財布の中身がケーキに変わったのは痛い思い出だ。
「まぁ、アンタの事なんか、こっちが願い下げよ」
「…………なんの事だ?」
脈絡もない拒否反応に戸惑いながら、俺はクラリスの視線の先を見ていた。近くの女子高の生徒二人が、自販機の前にいる。
一人はスポーツドリンクを、一人は缶コーヒーを持っている。
「あんな若い子でもコーヒー飲むのね」
「コーヒーなんて誰でも飲むだろ」
ボーッと平和な情景を見ながら、俺は昔の事を思い────
「んふっ……うふふふっ!!」
突然笑い始めたクラリスに、俺の思考は止められる。彼女が先ほどまで見ていた視線の先をまた追う。
こちらをじっと睨む女子高生、その手には缶のタブと開いていない缶コーヒー。
「はぁ……」
俺はゆっくりと立ち上がり、彼女達の元へ向かった。
「…………貸せ」
開いてない缶コーヒーを渡すよう、女子高生に催促する。返ってきた反応は、警戒されながらコーヒーを渡される事だった。
懐からペンをを取り出し、出さないままの先端でで開くはずだった部分を突く。開き方は不格好だが何とか飲めるようになったコーヒーを、持ち主に返してそのまま背を向ける。
「…………あ、ありがとうございます」
たどたどしい礼に、首だけ振り向いて頷き、返礼する。クラリスは目を丸くしながら、こっちを見ていた。
「へぇ、優しい所あるのね」
「別に、お前の笑い方がめんどくさかっただけだ」
俺は、お詫びのアイスココアを用意しに立ち上がる。背中に刺さる目線が痛かった。
「お姉ちゃん、私アイス食べたい!」
「さっきジュース飲んだんだから我慢しなさい」
小学生と思しき妹と、セーラー服の姉がたわいもない話をしながら歩いている。
『──くん、私もアイス食べたいな〜』
「────空っ!!!!」
後ろから聞こえる声に、俺は思わず振り向いた。先程の姉妹に怪訝な目で見られた事で、現実を思い出す。
「ああ、もういないもんな……」
俺は、アイスココアを取り出してクラリスの元に向かった。
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