Crime.1:無垢の魔弾、狂おしく

Episode.4:静寂なジャッジメント




「お姉ちゃん、もしも流れ星を見つけたらどんなお願いする?」


 年端もいかない少女がビルの屋上で空を見ている。寝そべって目を輝かせながら、澱んだ空を見ていた。


「そうだね……うーん、アカリと一緒に美味しい物を食べる事かな」

「アカリはいつもお姉ちゃんとのご飯おいしいよ!」


 彼女はニコニコしながら、起き上がる。視界には大好きな姉がいた。いつものように自分の為に準備してくれる姉がアカリは大好きだった。


「…………来たよ」

「えー、もっとお姉ちゃんとお話ししたい〜」

「後でね、今日はお寿司にしよっか」


 やったー、とアカリはニコニコしながら──似合わない無骨なを開けた。中にはギターではなく、様々な部品が丁寧にしまわれている。


「んふっ、おっすし〜、おっすし〜」


 銃身が深緑色をしたスナイパーライフル、SV-98。アカリはこの後のご馳走に思いを馳せていた。だが、手は正確に動いている。


「射線上の障害は窓ガラスのみ、ターゲットとの距離750、高低差は15メートル。使用弾は7.62×51mm NATO弾。風は北より、風速7メートル。気温17℃、湿度60%」


 姉は、向かいのビルに座る男を見ていた。そして、全てを測り、全てを妹に伝える。


「も〜、早くて分かんないよ〜!」

「……だよね。ゼロイン750で、レティクルに下2cm、横4cmのズレが出る…………」

「じゃあ〜、これでいいかな〜」


 妹はバイポッドに乗せた銃を丁寧に調節する。情報の通りに、ズレも考慮して狙いを定める。


「結局、当たればいいんだよね〜」

「もう、お寿司ナシにするよ?」


 たわいもない姉妹の会話、その間にそぐわないモノがある。


「ほら……Aimねらって……」


 姉の声で、屋上には静けさが戻る。銃口はその冷たさを残して静かに押し黙っている。

 一糸乱れぬアカリの呼吸だけが、姉──アマネに安心感を与える。



Fire撃て



 人差し指に軽く力を入れるアカリ。それに呼応して、銃口は火を吹いた。放たれた凶弾は風によって軌道を流され、重力によって少し落ちる。障害となるガラスに穴を開けて軌道がまた少し変わる。


 音を聞く前に、彼の人生は終わっていた。背筋が凍った瞬間、頭蓋骨を無慈悲なNATO弾が穴を開ける。ガラスよりも硬い骨により減速する凶弾。だが、後頭葉の神経細胞を欠損させ、脳幹を貫通するには威力が充分すぎた。

 彼が整理していた書類に、薄いピンクの液体が飛び散る。鼻筋を何かが垂れていく感触、それを拭う前に、男の体は呼吸するという機能を失っていた。

 何も考えられずに、意識だけが下に落ちていく。彼は、なすすべもなく帰らぬ人となった。




「着弾確認、完了よ」

「お姉ちゃんお腹空いたよ〜」


 スコープなどの部品をギターケースに収納してから、アカリはぴょこんと立ち上がる。

 ライブハウスのあるこのビルから、この格好で出るのは容易い事だった。


「じゃあ、早く行きましょ?」

「うん!」


 二人の背中は、の姉妹だった。



***



 朝日が眩しい。

 俺はソファからゆっくりと起きる。この隠れ家で寝たのはどれだけ久しぶりだろうか。ベッドには、新しく助手になったクラリスが寝ている。

 豆を挽いてコーヒーを淹れる。その匂いにつられて、むくりと彼女は起きていた。


「コーヒー……飲みたい……」

「その前に服を着ろ」


 これには驚いたのだが彼女は寝る時に、下着以外何も身につけずに寝ている。初めてここに来た夜にそれを問いただすと、


「だって、苦しくなるじゃない」


 とめんどくさそうに寝てしまった。あれから2週間。気づけば下着すらも脱いでいることがある。よく警戒しないもんだ、と思いつつ布団を直そうとすると、


「おい、私に何するつもりだったんだ?」


 手にナイフを握って起きるものだから、もう俺は諦めた。

 股下くらいのロングTシャツに着替えたクラリスが後ろに立っている。コーヒーを渡して、俺は一冊の封筒を開け始めた。


「何それ」

「外注依頼だ」


 寝起きの悪い彼女は、ボーッとしながらコーヒーを飲んでいた。

 外注依頼、個人執行者に憲兵局が依頼する事だ。大体は自分たちで解決できない厄介な案件が多い。


「へぇ、何の依頼?」

「“さそり駆除”だ」

「ふーん、シャワー浴びてくる」

 俺は、近くで買ってきたナッツを口に入れながら、書類に目を通していた。


 今回の案件はとある狙撃犯についてだ。憲兵内での通称“天の蠍アンタレス”と言われ、恐れられている。

 アンタレスの今までのは、たったの六件しかない。だが、その五件は確実にこの国にダメージを与える事件だった。

 初めてその名を轟かせたのは三年前のクリスマス。当時の軍最高司令官が、会食中のレストランにて射殺された事件からだった。

 その時、憲兵局には十字架が彫られたオブトサソリの死骸が送り届けられた。


 それから半年後、同盟国の通商代表がなんと専用機のタラップにて、射殺されるというセンセーショナルな事件が起きた。なんとかその時の外務大臣や法務大臣の対応の良さで、その国との断交は免れた。が、この国の内情が世間に露呈してしまった事件ということには間違いない。

 その事件後も、オブトサソリの死骸は送られてきた。


 その後も、大規模な金融改革をしようとした中央銀行の総裁や、関税を緩和しようとした外務大臣。そして一週間前には、「国民防衛法は違憲であり改正すべき」という意見を述べた最高裁判所の判事が射殺された。


「ここのシャワー、そろそろヘッド変えない?」

「自分で買え」


 彼女は飲みかけのコーヒーを手にして、俺の隣に座っていた。黒いシンプルなブラとショートパンツしか身につけていない。寒そうな彼女に、毛布をかけてやる。


「人のタトゥーを奪っといて、その冷たさはないんじゃない?」

「別に、恋人でもあるまいし何故気にかけなきゃいけない」


 二枚目からは、それぞれの事件の内容について書かれている。だが、犯人を特定できる程の証拠はどの事件も全く採取出来なかったようだ。


「でも、毛布を私にかけてくれたじゃない」

「この国だと、お前みたいな格好はただの変態だ」


 むくれる彼女を放っておいて、俺は書類に目を通した。六件のうち空港での狙撃以外に使われた弾丸は7.62×51ミリ NATO弾。普遍的な弾を使っており、手かがりとは程遠い。

 空港の事件だけは、.408 Chey-Tac弾と言われる弾薬が使用されている。


「ああ、この事件は本当に凄かったわね。M200が凶器だって分かって、あちらさんも黙ったのよね……」


 ────M200。

 二三〇〇メートルという、現存する狙撃銃の中ではほぼ最長に近い射程を誇る狙撃銃だ。だが、この狙撃銃を作っているのは、あろうことか殺された通商代表の国だった。

 自国の銃に殺されたという汚名もあった。だが、それ以上にこの銃は海外に輸出されていないものだった為、彼らは融和、沈黙の姿勢に一転したのだった。


「だけど、私、思うのよね」


 クラリスはゆっくりとコーヒーを飲み干すと、書類のうち一枚を取った。


「弾薬が見つかったってだけで、凶器を特定していいのかしら」

「何故そう思う」


 彼女は、通商代表の検死結果を見ていた。そこにはこう記述されている。


『鼻梁に弾丸が着弾して脳幹、小脳を貫通し頸骨下部から抜けた。と思われるが、損傷が激しく詳細な軌道は把握できない』

「これ、もしも他の銃と同時に使ってたら分からなくない?」


 彼女は得意げにクッキーを頬張りながら推理している。


「じゃあ、この見つかった弾はなんだ?」

「それは、今から調べればいいんじゃない?」


 部屋に着替えにいった彼女を、俺は頭痛を我慢しながら見送ることしかできなかった。

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