Episode.3:確実なパースウェイド

「それで、話というのはなんでしょうか」

「彼女は海外から来たばかりの私の助手だ。今日の夜到着したばかりで、憲兵に殺されると思っていたそうだ」


 俺は認証カードを憲兵に見せる。彼らの個人認証用スキャナーでバーコードを読み込まれる。


【Data Matched】


 電子音と共に画面が変わる。そこにはビッチリと「***」の記号で埋められた個人情報ファイルが映し出される。


「…………失礼いたしました。では上長に伝えておきますので」


 彼は苦々しい顔をしながら敬礼し、去っていった。それと入れ替わりで、柄の悪い服を着た男達がやってきた。


「まーさか、“コシツさん”にウチのヤマ奪われるとは思わんかったわ〜」


 コシツさん、俺たちの事をそう呼ぶ部署を俺は知っている。

 “憲兵局公安二課”。主に組織的な犯罪を取り扱う部署で、公安一課や外事の各課に比べて泥臭さがある。


「失礼しました。今日は少しトラブルに巻き込まれただけですので」

「ほーん、そうかそうか。だったら、まあいいわ。おい、現物の証拠ないか調べるぞ」


 黒いシャツに赤いネクタイの憲兵は、部下達に的確な指示を出している。とりあえず、俺の身元照会は済んでいるから、ここを離れても大丈夫だろう。


「クラリス」

「…………なにさ」


 そっぽを向いてふてくされている。プライドか何かがやられたのだろう。だが、いつまでもここにいるわけにはいかない。

 俺は、彼女の手首を掴み立たせた。


「……気安く触んないでよ」

「帰るぞ」


 俺はタバコに火をつけようとして、思い留まった。後ろには不満そうなクラリス。


「飯食いに行くか?」

「いいわよ、お腹空いてないし」


 と言いながら腹を鳴らす彼女。なんだ、結局腹減ってたか。


「訂正、お腹空いたしもう眠い、とりあえず何か食べたいわ」


 昇り始めた朝日に目を細めながら、彼女は歩き始めた。彼女だったら、あの中華屋に連れていってもいいだろう……



***



「なに、ここ。Китайск中華ая ресторан料理屋?」

「ああ、そうだ。こんな風体だが、美味いぞ」


 嫌そうな顔のクラリスを連れて、階段を降りて行く。いつもの引き戸を開けると、厨房で娘が立ったまま寝ていた。


「寝てるとまた怒られるぞ」

「んん〜、うるさい…………」

雪花シュエホア起床おきろ!」


 予想通り、娘は奥から飛んできた玉ねぎに泣かされる羽目になった。


「なんだよおおお、うるさいなああ」

「雪花、新しい客だ」


 頭をさすりながらむくれている彼女を無視して俺は話を続ける。すると、彼女……ではなく主人が奥から出てきた。


「ジュンが新しい客連れてきた?!」

「ああ、そうだ。だから覚えといてくれ」


 ニコニコしながら主人はクラリスに握手を求めた。嫌そうな顔をして、彼女は手を取る


「……貴方……?」

「何食べてく?今日はサービスだヨ!!」


 朝からテンションの高い主人は、終始笑顔を崩さずクラリスを見ている。彼女は怪訝そうに怪しみながらメニューを見ていた。


「飲むか?」

「飲まない、俺はいつものだ」


 俺はタバコの煙をふかしながら、主人が料理を作るのを見ていた。手際の良さは、いつ見ても感心してしまう。

 タバコに対して苛立っているクラリスを見ながら、水を口に含む。


「私は……オススメのやつでいいわ」


 クラリスは墓穴を掘ってしまった。この店で一見いちげんさんがオススメというとどうなるのか、俺は知っている。


「あい、チャーハンだヨ」


 朝行くと頼んでいる五目炒飯が出てくる。香ばしい匂いが、少し落ちかけていたまぶたをこじ開ける。


「やっぱり、同じのちょうだい」


 元々腹を空かしていたクラリスは、その匂いにつられたのかやっと注文した。なんとかあのオススメ地獄を回避できたようだ。

 水を注いでやり、俺はチャーハンを口に運んだ。いつも通りの薫りに思わず目を細める。

 半分ほど食べたところで、クラリスのチャーハンも運ばれてきた。


「おねーさんにはサービス、このスープも飲メ!!」


 欠けたお椀に入った卵スープには適度なとろみがついている。彼女は耳に髪をかけてチャーハンを頬張り始めた。無言で二口三口と食べ始める姿を見る限り、気に入ったようだ。

 俺は、皿の残りのチャーハンを平らげた。彼女がまだ食べているので、タバコをしまってしばらくこれから先の事を考えることにした。


 この仕事を始めて四年。基本的に“大物”に対して執行することが多い。それは、この仕事を始めるきっかけにもなった“あの女”に────たどり着いて、真相を明らかにする。その為だけに手を汚してきた。


「えっと、ごちそうさま。美味しかった」


 満足そうにしているクラリスの声で現実に戻される。俺はサービスで出て来た愛玉子オーギョーチーをゆっくりと食べ始める。彼女は杏仁豆腐にしたようだ。


「一回だけ、俺の言う事を聞く、と言ったな」

「ええ、そうね」


 さくらんぼを口の中で艶やかに転がしている。別に、大したお願いしないでしょ、と思ってるのが少し見えた。


「これから、俺の助手になれ」

「……………………нет


 驚愕した顔をして、彼女はこっちを見ている。予想もできない回答だったのか、唇をわなわな震わせている。


「そうか、拒否するのか」

「第一、本当にその約束守ると思ったの?」


 守らなくていい、俺はそう言ってスマホを取り出す。連絡先は執行部だ。


「待って、何するつもり?」

「お前を憲兵に突き出す。憲兵に喧嘩売ってるからな」

「な、ど、え?」


 戸惑う彼女は水の入ったグラスを握りしめた。パリンと砕け、彼女の手から血が流れる。その痛みをも忘れるくらい、彼女はこちらを睨んでいる。


「青ジープに発砲してる時点で、お前は三等反逆罪容疑がかかる。最低でも禁錮一〇年、下手したら二〇年はぶち込まれるだろうな」

「貴方だって、散々戦ってきたくせによく言えるわね」

「ああ、そうだな、クラリス」


 彼女の顔は一瞬にして青ざめていた。慌てふためき、急いで逃げようとするところを、手首を掴む。そのまま手首をぎゅっと締め付け、自由を奪う。


「なぜ、なぜだ……!」

「すまないが、俺も昔は傭兵でな、このタトゥーが何かぐらいかは分かるんだ」


 彼女の服のジッパーを下ろす。俺が刺した左の鎖骨、その下側には双頭の鷲が小さく刻み込まれている。


「このタトゥーが見えた時、俺はお前の腕前にようやく合点がいった。確かに、目的があるのは本当だからな。嘘に真実を混ぜれば、それは確固たる信用を得ることができる」

「卑怯ね……」


 彼女の自由を簡略的に奪っており、グラッチが出てくることはない。彼女は悔しそうに唇を噛んでいた。


「だが、助手になるなら話は別だ。裏切った瞬間、処理はするが、お前の目的の手伝いもしてやれる。だったら、こっちの方がメリットがあるだろう?」


 彼女はカウンターに手をおいて、堪忍したかのようにため息をつく。しばらくの沈黙の後、


「いいわよ、助手になってあげる。これでいい?」


 諦めたかのような声で返事が返ってくる。俺は彼女の耳元に顔を近づける。

 カミツレの匂いを感じながら、そっと囁いた。


「な、お前、お前っ!!!」


 ばね仕掛けのように飛び起き、俺を殺そうとする手が首に伸びる。やっぱり、俺の予想は正しかったようだ。

 俺はその手首を払って、バランスを崩させる。彼女の首元にスタンガンを当てて気絶させる。


「ああ、もしもし。少し頼みたいことがあってな」


 俺は、見慣れた番号に連絡を取っていた。その脇では、主人が飄々と皿を洗っていた。


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