Episode.2:不敵なストラテジー
ブレーキ音と共に、ジープが二台止まっている。計四名の憲兵は全員MP7を手に、アパートを取り囲んでいた。
ベランダ側に二人、玄関側に二人展開している。
玄関側のうち一人が勢いよく扉を蹴破る。もう片方が前方を警戒しつつ、部屋に突入する。
バスルームはクリア、そのまま部屋に入る。
部屋には血のシミがついた畳のみが残されていた。
「空を飛んだ経験は?」
「もちろんない」
クラリスはニヤリと笑いながら、密集する木造の屋根を飛び越え、駆けていく。建物と建物の間がほとんどくっついているが故にできる技だろう。
だが、あと五軒駆ければ大通りに出る。大型トラックやらなんやらが走っている通りを、どう横断するのか。
「飛ぶよ」
五軒の先の先、広い空間に身を投げる。着地した先でのバッドエンドが俺にはハッキリと見えて────
いなかった。トラックを越え、ガードレールのない中央分離帯にうまく着地する。反対車線には特に何も────
耳に入るブレーキ音がいやが応にも顔を向けさせる。目の前には青迷彩のジープが一台止まっている。
「少し、めんどくさいことになったな」
「いいえ、いくらもめんどくさくないわ」
突如として響く銃声、後ろにはグラッチを構えるクラリスがいる。ジープのフロントガラスはくっきりと放射状に割れている。
「お前は馬鹿か?」
「いいから黙って付いてきて」
女は、自分たちがいる車線を走る車の前に立つ。赤いスポーツカーが急ブレーキで止まる。
「姉ちゃん、死にたい────」
「伏せろ!!」
憲兵の声とともにMP7が三点射で火を噴く。スポーツカーの運転手は腰を抜かしてしまっている。
「ほら、乗って」
クラリスはすでに運転席に乗り込んでいる。もう腹をくくるしかない。
俺は助手席に乗り込んで後ろを向く。リアガラスに二発被弾するが、クラリスは御構いなしでアクセルを踏み込んだ。
片側四車線、見通しの良い湾岸道路を時速一五〇キロで走っている。車の中には今時珍しいレゲエが流れていた。
「ちょっとね、アイツらにも来て欲しいところがあるの」
「今更なんだ、もう話は通じないぞ」
俺はタバコに火をつけようとして────グラッチをこめかみに突きつけられた。
「私の前でタバコを吸ったら殺すよ」
「その姿で嫌煙家か……まるで師匠みたいだな……」
健康を気にするような人種とはかけ離れている彼女に、率直な感想を述べてしまう。だが、それ以外に感想はない。
「取引しましょ?」
「ああ、なんだ?」
クラリスは谷間にグラッチを挟むと、音楽を切った。
「私の依頼を手伝ってくれるなら、一回貴方のいうことを聞いてあげる」
「…………いいぞ」
俺はちょっとした反抗を思いつき、了承した。彼女は満足そうに頷いて、さらにスピードを上げる。
反対車線には憲兵のジープが三台ほど走っている。彼らは急にUターンして、この車を追い始めた。
「うーん、ちょっとめんどくさいわね」
大型車の前に入り、即席の盾にする。後ろからはけたたましい程のサイレンが鳴っていた。
「この国のドライバーは性格いいわね、私だったら轢き殺してるわ」
「おい、前を見ろ」
憲兵のジープが道を塞ぐように止まっているのが見える。止まるか突っ込むか、どちらを選んでも面倒は避けられない。
「ここから黙ってて、喋ったら舌噛むよ」
彼女はあくまでも冷静だった────声だけは。
急に左側へ重心が振られて、俺はなんとか歯を食いしばって耐えた。ジープの前、舗装の荒れた道を進んでいく。
激しい揺れに身を委ねながら後ろを確認する。ジープがこちらに向かってきているのがよく見える。
「この先に何がある」
「私の目的がある」
彼女はさらにアクセルを踏み込んで、振り払おうとした。のだと、俺は思っていた。
目の前に現れた黒い車の後ろに思いっきりクラリスがぶつけるまでは。
「出て、憲兵よりタチ悪い敵が来るよ」
「お前……はぁ……」
もはや奔放すぎる彼女に続いて車を降りる。黒いスーツ姿の男が、蹲っているのが見えた。
それと同時に、足音を聞き取った。数は、大体……十、二十、いやもっとだ。
「
男の声とともに、黒服達がわらわらと出てくる。その手にはベレッタやらなんやらで武装している。
「もちろん、銃くらい撃てるでしょ?」
バカにしたような軽口を叩きながら、女はスポーツカーの陰に隠れる。
バカにされても憤りを感じる事はない。ああ、全く怒ってはいない。
俺は彼女と反対側の隅に隠れながら、グロックのセーフティを解除する。
スポーツカーの窓が粉々にされる程の銃撃、そこに隙間は無かった。絶え間なく浴びせられる弾丸、だが車に浴びせられているだけである。
身を出し、一人の膝を撃ち抜く。そのまま横にずらし、二人、三人と行動不能にする。
「ふうん、なかなかやるじゃない」
「静かにしてろ」
お互いの声が何故かハッキリ聞こえるのは、それくらいの距離にいるって事なのだろう。
十七発打ち終わり、マガジンを取り出す。
「リロード」
「援護するわ」
空マガジンを落として捨て、素早く新しいものを装填する。重さが若干変わるが、もはや慣れた。
「リロードするわ」
「援護する」
グラッチを流れるようにリロ……いや、まさかここでニューヨークリロードをかましてくるとは思わなかった。
クラリスが持っているのはマカロフ、二挺目のハンドガンだ。腰のポーチに入っていたもののようで、しかも片手で撃っている。
「なんだ、もう終わったのか」
「もういいわよ、終わらせましょ?」
彼女は右手のマカロフで応戦しながら、左手のみでグラッチのマガジンを替えている。
そのまま撃ち尽くすと、今度はグラッチを構える。
だが、彼女は引き金を引いていない。俺も、撃ち切ったところで銃口を下げずに警戒する。
「
男はよろよろと立ち上がりながら、奥の方へ逃げていった。
空のグロックにセーフティをかけて、タバコを取り出す。
「吸ったら殺すといったよな……?」
撃鉄が上がる音を無視してタバコに火をつける。この状況では、せめて余裕を持っていられる。その自信が俺にはあった。
「吸わせなければ、自分の首が締まるぞ」
「何いってるの、弾切れの貴方に何が────」
「憲兵だ、武器を捨てて手を上げろ」
MP7の銃口が俺たちを取り囲んでいる。クラリスは決して怯えるなんて事はない、ただただめんどくさそうに二丁を地面に投げ捨てただけだ。
「膝をつけさせられるのなんて久しぶり、屈辱ね」
「別に」
甘ったるい煙を味わいながら、俺は彼らを見ていた。別に武器を出すわけでもなく、彼らの中で一番高い階級が誰かを探す。
憲兵の
装備を身につけた彼らの階級を分けるには、
大体の下士官はセカンダリにグロックかP226を選択している。が、小隊長クラスだと、使いやすさに定評のある
少し考え込みすぎたが、とっとと“処理”を終えたい。俺は、小隊長であろう男に、手を上げたまま近づいた。無論、タバコを咥えたままだ。
「“SJE”だ、対応できるか?」
「…………二人とも、そうですか?」
憲兵は、訝しげにクラリスを見ている。彼女は彼女で、動けない憲兵の間を縫って逃げたいのだろうが、敵が多すぎて実行に移せないようだ。
「イレギュラーな案件だ、少し真面目に話したい」
もう一本タバコに火をつけながら、俺は男を見下ろしていた。
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