〓危険〓アイドル鬼ごっこ〓危険〓
時刻は朝の八時半。学校の朝礼を知らせるチャイムが鳴り響く中、約一年間通いなれた学校の廊下で俺は全力疾走していた。
気を抜けば痙攣しそうになる太ももに無理やり力を入れ、滝のように流れる汗をまき散らしながら、恐る恐る後ろを振り返る。
「キシャアアアアア! フゥワッフゥウウウウウウウ!」
上半身裸で乳首に絆創膏を貼り付けた学園のアイドルが、およそ人類とは思えないカクついた悍ましい動きで俺に迫ってくる。
「ひぃいいいいいいい!」
『私、お喋りとか、下手だし。多分、誰かを好きになんてなっちゃったら、独占欲とか強くなっちゃうだろうし。気分が上がっちゃうと、何も考えられなくなっちゃうし……』
ねこりが言っていたことを思い出す。
いやいや、これってお喋り下手とかそういう次元じゃないんですけど!?
こんなはずじゃなかった。俺は青春の日々を送りたかっただけなんだ。
なのに、どうしてこうなった。
「しゅぎぃいいいいい! はるぐんしゅぎいいいいいい!」
地の底から響くような唸り声が氷の杭となって俺の背筋を冷たく貫く。
できるだけ背後を気にしないように、俺はとりあえずこの場から逃げる事だけに集中した。
階段なんて片足をくれてやる勢いで跳躍し、角を曲がって担任とぶつかっても気にしない。
「コラァ! 廊下を走ってはいけな」
「クエェエエエエエエ!」
「な、なんだおおまっ! ひっ! あ、やめ、それだけは! にょおおおおお!」
理性を失ったねこりが本能のままに担任のカツラを剥ぎ取った。
「はるぐうううん!」
人工質な黒髪を熱狂的なライブさながらに振り回し、なおもねこりは追いかけてくる。
「待ちなさああああい! お願いだから、待ってくださいいいいい!」
担任が頭をプリントで押さえつけながら叫ぶ声を遠くに聞きつつ、俺は『資料室』と書かれた扉のドアを開けた。
「ふぉおおおおおお!」
今まで生きてきて出したことがない神がかり的な速度で扉を閉める。
だが、閉め切る直前。扉に黒くもじゃもじゃした物体が飛んできて扉に引っ掛かり、完全に閉めそこなってしまった。
「っくそ、これは先生のカツラ!」
絡まるカツラを外そうと扉をガチャガチャするも、絡まりが余計に複雑になるだけで外れそうにない。
バカ野郎! なんで植毛にしねぇんだ!
人生ワースト5に入るほどのツッコミたくない心の言葉が浮かんだが、勢いよく開け放たれた扉の衝撃で俺の思考は別に移った。
「はるぐん!」
ねこりは目にも止まらぬスピードで俺に向かってタックルする。
「ぐろっぷ!」
あて身を受けて吹き飛んだ俺は後ろに並んでいた本棚に激突し、棚から資料がどさどさと落っこちてきた。
揺れる意識に鞭を打ち、落下物の合間から顔を出す。
「はーるーくん。つーかまーえた」
必死の形相で命を掴みとろうとする俺の両頬に手を添えて、ねこりは瞳に狂気を宿しながら楽しげにころころと笑っていた。
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