1-4


 次の日。

 今日は10時からシフトが入っているため、俺は1時間前から支度をしていた。

 昨日帰って来てから魁に聞いたことだが、沙良紗は彼氏と別れたらしい(俺が知るのが一番遅かった)。

 母さん曰く腫れた目で出勤していたようだから泣いたんだろう。果たして相手がそんなにイイ男だったのか、それとも理由が問題だったのかは知らないが、同情する。


 「あずさー?」

 「何?」


 食卓でコーヒーを飲んでいると、眠そうな顔をしながらソファーで新聞を読んでいる母さんが話しかけてきた。


 「昨日本当は何してたの?」

 「え? だから澤口と会ってたんだって」

 「ホントに?」


 母さんは新聞から目を離さずに聞き返してきた。


 「ホントだって」

 「なんかさー、昨日の夜帰ってきた姿見たらさ、お父さんのこと思い出しちゃって」


 それを聞いて内心焦った。昨夜、一応家に入る前にコートとかその他諸々の装備は隠していた。それでもバレたのか? そもそも母さんは親父の仕事を知っていたのか?


 「なんで親父を思い出すんだよ」

 「似てた。昨日の梓、昔のお父さんに似てたよ」


 新聞を静かに畳むと母さんは真剣な表情で俺を見た。


 「見つけたんだよね? あのトランク」


 俺は黙ってしまった。どう嘘をついても今の母さんには通じない。もう全てわかってしまっているようだった。観念するしかないようだ。


 「ああ、そうだよ。実はXENOが……」

 「最近この辺で出たっていう通り魔。そうでしょ?」


 俺が言い終える前に食い気味に言葉を重ねられた。そしてソファーから立ち上がると、向かいの椅子へ移動した。


 「お父さんと同じ仕事をするつもりなんだ?」

 「いや、俺はそんなつもりはないよ。今回は沙良紗が狙われる危険があったから親父の使ってた道具を使って戦いに行ったけど、もうあんな事しないよ」

 「そう……」


 母さんは安心したような、それでいて少し残念そうな複雑な表情をしている。


 「うん、そっか! それならいいんだ! 母さんちょっと寝てくるわ!」


 パッと表情を明るく変え、母さんは自室へ向かった。

 なんだか釈然としないが、ああ言っているんだしいいんだろう。親父だってあのトランクに貼ってあった紙に「ヒーロー気取りはするな」って書いていたし、俺がこれ以上XENOと戦う必要はない。

 気持ちを切り替え、バイト先へ向かうことにした。しかし車のキーが見つからない。普段はキッチンカウンターに置いてある小物入れの中にあるはずなんだが。他にありそうな所を探しても見つからない。そこで俺は思い出した。一週間ほど前から沙良紗が通勤時に車を使うようになったのだ。


 「すっかり忘れてた……」


 仕方がないので、物置から自転車を出してバイト先へ行くことにした。



 午後1時。大型ショッピングセンター「ジオンモール」バックヤードで俺と後輩である「山形」と作業をしていた。


 「速野さん、今日は一段とやる気なさそうっスね」

 「そう見える?」


 台車に缶コーヒーの段ボールを積みながら適当に返事をした。確かに今日はダラけている気はする。もう一人のバイト仲間である「山崎」よりはマシだが。


 「何か悩み事でもあるんスか?」

 「それなりにな。というか山崎どこいった?」

 「多分どっかでサボってますよ」


 後輩の山形と山崎は二人とも大学1年生(仲間内からはヤマコンビと言われている)山形の方はそこそこ真面目に仕事をするが、山崎は隙あらばすぐサボる厄介な奴だ。

 今日はそこまで忙しくないため、アイツがいなくても別に何とも思わないが、忙しい時にサボっていると流石に腹が立つ。

 とりあえず用意した缶コーヒーの団体を山形に売り場まで運んでもらい、俺は山崎を探すことにした。

 アイツの行動パターンは2つ。精肉コーナーの奴の所に行って話している。もしくは売り場を適当にウロウロ徘徊しているかだ。

 俺は売り場に出て奴を探す。一番姿を隠しやすいのは菓子コーナーだろう。

 予想通り品物を前出ししている(フリ)山崎の姿があった。


 「おいザキ」

 「え? 速野さん?」


 とぼけた表情で俺を見上げる。しかし、動揺したのか目が泳いでいる。

 

 「来る途中リカーコーナー見てきたけど補充されてなかったぞ。結構前に指示されていたと思うけど?」

 「これからやるつもりでした……」

 「ならさっさと行かんかい」


 追い払うように手を振り、急かすと、山崎は小走りでバックヤードへ向かった。


 これが俺のバイト、いわゆる品出しだ。個人的に非常に楽なため4年続けている。コレを知ってしまったら他のバイトは出来ないね。まあ、本当はちゃんと就職しないといけないのだが。



 ――午後5時。俺はタイムカードを切り、私服に着替えてから売り場へと出た。夕飯の支度は基本的に俺の役目なので食材を買って帰る。

 この時間だと値引き商品も出てきているのでお買い得。今日のメニューは何にしようかと考えながら野菜売り場を歩いていると思わぬ人と出くわした。


 「速野さん」


 その女性の声を聞いて振り返ると、一昨日出会ったばかりの吉備里さんがいた。当然私服姿だった。


 「偶然ですね」


 優しく微笑みながらそう言い、歩み寄ってきた。


 「偶然……だね」

 「よくここで買い物しているんですか?」

 「まあ、ここで働いてるから」

 

 「ふーん」と平坦な声で返し、近い距離でまじまじと俺の顔を見始めた。あの時は何とも思わなかったけど割とこの人背が高いかも? 俺が身長178cmだけど、見た感じ170くらいありそう。


 「どうかした?」

 「いやー別に何でもないんですけど。目元以外はお父さん似なんだなーっと思いまして」

 「そう?」


 今朝の母さんとの会話が脳内でフィードバックした。そんなに俺は親父と似ているってのか。


 「そうそう、渡したい物があるんです。今日SIGNで写真で送ろうかと思ってたんですけど、丁度いい機会なんで今渡しちゃいますね」


 なにやらハンドバッグから折りたたまれたA4サイズの封筒を取り出した。


 「これは?」

 「開けてからのお楽しみ。あ、今日中に開けてくださいよ?」


 吉備里さんは謎の封筒を渡すと、軽く手を振って去って行ってしまった。一体中身は何なのだろうか。そんなに厚みはなく、何枚か書類が入っているようだ。

 気がかりではあるが、とにかく俺は食材を買って帰ることにした。




 ――夕飯はカルボナーラを作った。何故ならこれは沙良紗が好きな料理の一つ。少しでも元気になってくれればと思ったものの、特に普段と変わらない様子だった。多少いつもより口数が少なかったが、まあ大丈夫だろう。

 夜11時になり、魁も沙良紗も自室に行き、俺は例の封筒を開けることにした。家族に見られても問題はないかどうかわからないが、念のため誰もいない時を見計らう。

 時計の針の音だけが部屋に響く。俺はゆっくりと封筒を開け、中身を取り出した。

中には2枚の書類が入っていた。1枚はここから少し離れたところにある「横屋市」という都市で起きている殺人事件の概要が書かれている。

 もう1枚は親父の経歴が書かれたものだった。


 読んでみると、どうやら親父はバスターの中で異端者らしいことがわかった。


 ――純粋な人間のバスターとして解決した事件の数は歴代1位。しかし血を飲めばさらに活躍ができると周囲の声を一切無視し、最後まで人間として戦い続けた。彼が何故そこまで頑なに拒否をし続けたのは不明だが、もしも血を飲んで『鬼毘人化(きびと)』していればあの事故で亡くなるようなことも無かっただろう。


 偉い人らしき人物からのコメント欄にはそう書かれていた。

 吉備里さんはこれを俺に見せたかっただけか? これを見て俺も親父のようにバスターになるとでも思ったんだろうか?

 そしてもう1枚の書類に目を通す。横屋市で起きているという事件について書いているのだが、大した情報は載っていない。犠牲者はまだ一人で、XENOのターゲットとする人間の特徴等はまだハッキリとはわかっていないようだった。だが、犯行現場の写真が3枚載っており、その内の1枚に映っている人物に見覚えがあるのが一人いた。遠巻きの野次馬にまぎれて、不安そうに現場を見ているのは大学時代の友人「谷本」だ。


 「なんでアイツがいるんだ……?」


 またXENOの事件に絡んでいるのか。

 そういえばアイツはやけに通り魔の特性について詳しかったな。事件の話を聞けば狙われている人間の特徴は誰だってわかる。しかし、「髪色を変えても一度標的にされると死ぬまで狙われる」という情報は普通は知ることが無いだろう。そもそも被害者は全員髪色を茶色以外に変えて襲われた人はいなかった。

 つまり谷本は事件が起きる前から、あのXENOの存在を知っていたということになる、かもしれない。


 まさかあの時奴が言っていた「依頼」ってのは谷本がしたのか? いや、彼女が出来て心配していたからそれは無いか。

 もう遅い時間だが、谷本へ電話をかける。なんとなく予想はしていたが、電話に出ない。

 明日もう一度かけてみよう。



 ――朝7時に俺は枕元に置いてあるスマホの着信音で目が覚めた。

 半分寝ぼけた状態で、画面もろくに確認せずに電話に出る。


 「もしもし?」

 『おはようございます』


 この声は吉備里さんだ。


 「はい……おはようございます」

 『あ、今起きましたか?』

 「はい……そうでございます」

 『まあ、いいでしょう。単刀直入に聞きますけど、昨日渡した封筒の中身見てくれました?』

 「はい……はい」

 『じゃあ今日バイトが終わったら星岬海浜公園に来てくれませんか?』

 「はい……え? なんで?」

 『なんでもです』


 半ば強制的に約束され、そのまま通話が終わった。あまりにも急すぎる。

 我ながら嫌な男だと思うが、吉備里さんが俺のタイプじゃなかったら今の通話か、もしくはかけ直して約束を断っていただろう。


 その後再び谷本へ電話をかけたが、出ることは無かった。



 いつも通りの業務をこなし、昨日と同じ午後5時に店を出て、約束の場所へ向かう。海浜公園には犬の散歩をしている老夫婦と、ベンチでスマホをいじっている大学生くらいの男が一人いる。彼女は来ていないのかと周りを見渡すと、電灯に寄りかかっている吉備里さんの姿があった。


 「待った?」

 「いいえ、、私も今来たところです」

 今日はボーダー柄のタンクトップにジーパンという出で立ちで来ていた。その服装で明らかになった、思いのほか胸が大きい事に内心少し驚く。


 「少し歩きましょうか」


 二人で海浜公園の周辺を歩きながら話すことにした。

 俺が黙っていると、吉備里さんの方から話を切り出してきた。


 「あれを読んでどう思いました?」

 「うーん。親父の事が少し知れたなーって思ったくらいかな」

 「それは良かったです。でもまだハッキリ実感はしていないようですね」

 「そりゃあ、バスターなんていると思っていなかったし、もっと言うならXENOだって信じてなかったから。だから、急に親父がそっちの界隈で活躍していたなんて言われても現実味がないというか」

 「では、もっと知りたくないですか? お父さんがやっていたこと」

 「それはどういう意味?」

 「職場体験、してみませんか?」


 じっと何かを訴えかけるような目で俺を見つめる。どうやら本気のようだ。

 

 「いやいや、俺はもうXENOと戦う気はないよ」

 「どうして?」

 「どうしても。死にたくないし、俺はもっと普通の仕事をしたいね」

 「へぇ、でも今バイトですよね。就活してるんですか?」


 痛恨の一撃を食らった。正直言ってしていない。しなければいけないことはわかっているが……その気が起きないという言い訳。


 「してない」

 「だったら一緒にやりましょう!」


 続けて「そうだ!」と何か思いついたようにわざとらしく手を叩いて、一つの提案を出した。


 「昨日渡した事件の資料も見ましたよね? あの現場に今度一緒に行ってくれたら10万円出します!」

 

 10万!? 一緒に行くだけでそんなに!?


 「マジで?」

 「マジですよ」


 俺は悩んだ。もしかしたらまたXENOと戦う羽目になったら、今度は死なないまでも重傷を負うかもしれない。しかし、10万はデカい。


 「本当に行くだけ?」

 「そうです。一緒に行くだけです」

 「その話乗った!」



 こうして俺は簡単に吉備里さんの話に乗せられてしまった。

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