1-5
――2日後。午後3時。
俺と吉備里さんは彼女の用意したジープ・ラングラーに乗り、横屋市の事件現場へ来ていた。
今日の吉備里さんはスーツ姿で女刑事のような雰囲気。対して俺は普段通りのラフな格好だ。
現場は繁華街から少し離れたところにある、今はもうテナントも入っていないボロい雑居ビルが立ち並ぶ「緑歌通り」。
ここで30代半ばの男性が遺体で発見された。男性は胸を獣のような大きな爪で切り裂かれており、ほぼ即死だったようだ。
「本当にXENOが#殺__や__#ったんかね? まあ、街中にグリズリーなんか出るわけないしな」
ビルの周辺を見渡している吉備里さんに問いかけてみる。
「うーん……ちょっと待ってくださいね」
吉備里さんは腕に着けている時計を見ながら辺りを行ったり来たり、歩き始めた。気になって彼女の腕を見てみるとソレは時計ではなく小型の液晶画面だった。
中心に小さな青い丸があり、ゆっくりと点滅している。
「それは何?」
「スペングラー探知機といってXENOが発する『スペングラー波』というものをキャッチすることができるんです。ただ、本体がいなくてもスペングラー波は残るんですが、日が経つと薄れていっちゃうんです。」
「なるほど。それで、ここではそのナントカ波はあったの?」
吉備里さんは少しため息を吐きながらビルを見上げた。
「残念ながら反応がありました。どうやら殺人犯はXENOでほぼ確定ですね」
「ほぼ確定か……」
バスターである彼女がそう言うのだからその通りなのだろう。またあんな怪物と戦うのは勘弁してほしいもんだ。
ふいに俺は、彼女に伝えたいことがあったのを思い出した。
「そうそう、この現場の写真に俺の友達が写ってたんだよね」
「友達?」
「うん。大学時代に知り合った奴でさ、この前の通り魔事件にもちょっと関わっててね。あの鮫男について何か知ってるような感じだったんだよな」
「本当ですか?」
「まあ、確信はないんだけど。どうにも普通は知り得ないような情報を知っててさ」
俺は谷本の話していた内容、そして怯えていた様子の事まで吉備里さんに話した。話を聞いているうちに彼女の表情は徐々に険しくなっていった。
「その人、黒に近いですね」
「そう思う?」
「はい。とはいえ、XENOの依頼主ではないですね。でも、絡んでいる可能性が非常に高い」
「そっか……」
嫌な予感は的中した。谷本はXENOかその依頼主と何らかの形で繋がっている。
どうしてアイツが事件に関わっているのかあれこれ考えていると、ポケットからスマホの着信音が鳴り出した。
恐る恐るスマホを取り出し、画面を確認する。
――谷本真人。
「吉備里さん」
「ん? どうしました?」
「話題の男からお電話が入っております」
スマホの画面を彼女に見せると、彼女は悪戯っぽく笑みを浮かべ、スマホを耳に当てるジェスチャーを返してきた。
「もしもし?」
『あ、速野? 今時間あるかな? ちょっと聞いてほしいことがあって……』
「もちろんいいとも。丁度こっちも聞きたいことがあってね」
俺と吉備里さんはジープに乗り込み、谷本の指定した場所へと向かうことにした。
俺たちは再び星岬町へ戻ってきた。そして谷本の言っていた「#G・S__ガソリンスタンド__#コウエイ」の脇に車を停め、誰もいないスタンド内へ入った。ここは半年ほど前に廃業し、今は無人になっている。
俺が電話をかけようとしたところに、奥の事務所から谷本が出てきた。以前会った時より少しやつれたように見える。
「来てくれたんだね。ありがとう」
「当然だろ」
「そっちの方は?」
谷本は吉備里さんの方に一度視線を向けてから俺に訊ねてきた。
「ああ、こちらは吉備里さん。色々あって一緒に来てもらった」
「初めまして」
彼女は軽く一礼をする。しかし、真剣な表情は崩さない。いつもの笑みは今日はナシのようだ。
「それで? 聞いてほしいことってなんだ?」
「うん……。実は僕、この前話した通り魔の正体を知っているんだ」
「XENOだろ?」
「え!? 知ってたの!?」
「まあ、訳あってな。でも、なんで急にその話をする気になったんだよ」
谷本は非常に言い出しにくそうに下唇を噛んでいる。
「えっと、僕が付き合っていた彼女っていうのは……速野の妹なんだ」
――唖然。
沙良紗の彼氏がこいつだったってのか?
「ちょ、ちょっと待て。お前その冗談は笑えないし、もの凄く腹立たしくなる」
「本当だよ。でも、速野の妹だって知ったのは最近なんだ。初めは名字が一緒なだけだと思った。だけど彼女の家族の話を聞いていくうちに、速野の妹っていう事がわかって……」
「お前……ふざけん……!」
「ふざけんな!」と言う前に、後ろから吉備里さんに肩を掴まれ制止された。ここで止めてもらわなかったら掴みかかっていたかもしれない。
一度落ち着こう。深呼吸をして、息と共に怒りも口から吐き出す。
「まあいいだろう。いや、正直良くはないけど、とりあえずどうしてあのXENOについて知っていたのか話せ」
俺は強い口調で谷本に訊いた。谷本は手のひらに滲んだ汗をズボンで拭い、ゆっくりと話し始めた。
「一ヶ月くらい前にSNSで知り合った人とオフ会みたいな事をしたんだ。僕と同じくこれまで女性と付き合ったことがない事で悩んでいる人、2人とね。僕らはすぐ意気投合して仲良くなった。だけどある日その2人の様子がおかしくなって……」
谷本の顔が何かに怯えるような表情へと変わってきた。
「2人とも『強い仲間が入った』と喜んでいたよ。そして人気の無いところで僕に紹介してきたんだ。あのXENOをね」
「例の鮫男か」
「そう。その鮫男は『サイアード』と呼ばれてて、もう一体のライオンみたいな顔をした奴は『ヴェル』って呼ばれてた」
「それで?」
「2人は復讐をするって言ってた。サイアードの契約者は昔自分をフった女に似た人に。ヴェルの契約者は自分を見下してきた男に似た人に復讐するとか……」
「イカれてやがんな」
XENOを使って人を殺す理由がそんな事だったとは。呆れるよ。
「で、でも2人とも殺しまでするとは思ってなかったみたいで、サイアードと契約した男は怖くなってどこかへ逃げたみたい。あと、最近勤務先からそう遠くないところでヴェルと契約した方が殺されていたんだ。」
横屋市の事件の被害者はそのヴェルって奴と契約した男だったのか。
吉備里さんは腕を組み何か考えるように首を傾げた。
「とりあえず捜索班の人数を増やしてもらうよう支部の方へ連絡してみます。他に大きな事件がなければ出してくれると思いますので」
そう言って吉備里さんはスマホを取り出して電話をかけた。俺は谷本に沙良紗についてもう少し聞くことにした。
「沙良紗とどこまでの関係は聞きたくもないが、これだけは聞いておきたい」
「なに?」
「お前はそのサイアードの狙っている人間の特徴を聞いた時、本当に沙良紗を心配して別れたのか? それとも沙良紗を狙ってきたサイアードに、一緒にいる自分も殺されると思ってビビッて別れたのか?」
「そんなの彼女を心配してに決まってるじゃないか!」
――嘘、だろ。
一度狙われたら死ぬまで追っかけられるんだろ。もしも沙良紗がターゲットになっていたら、お前と別れたところでアイツが標的から外れることはない。
せめて相談してほしかった。XENOと言わなくても、ストーカーに狙われているとかを俺や警察に相談してほしかった。
せめて、アイツを守る姿勢は見せてほしかった。
なのにこいつは……。
「そっか、そうだよな」
「え?」
殴りたい。でも、XENOが怖くて逃げたい気持ちもわかる。俺だって実際あの怪人と対峙したからわかる。だからここで谷本を殴ることはできない。
「いやいや、よく話してくれたよ。けど、無いとは思うけど、沙良紗には二度と近づくな」
「あ、ああ。わかってる」
吉備里さんも丁度通話が終わったらしく、こっちへ振り向いてピースサインを送ってきた。調査班とやらの話が通ったようだった。
「じゃあ、俺たちもう行くわ」
「あ、速野!」
背を向けて車の方へ歩き出した俺に、谷本が呼び止めてきた。
「大学時代お前のことが羨ましかった! 色んな女子と話したり、デートしたりしているお前が、凄く羨ましかった! 俺も、お前みたいにモテたかった!」
突然の告白に一時、呆気をとられた顔になる。
「そうだなぁ。俺って学生時代はモテてたもんなぁ。けど、なーんにもならなかったけどな」
そう言って俺は吉備里さんと#G・S__ガソリンスタンド__#を後にした。
「お待たせー」
俺たちは一度自宅(速野家)に戻ってきた。俺がガジェットを取ってくるためだ。
ガジェットを入れたリュックをジープの後部座席へ置いてから、助手席へ座った。
「どうかした?」
吉備里さんはなにやら不思議そうに俺を見つめる。
「やる気満々ですね」
「え?」
「一緒に現場まで行くだけでいいって言ったのに」
そういえばそうだった。当初はあの事件現場に行って10万貰って終ろうかと思っていたが、どうも谷本の話を聞いてからXENOを止めなければいけない使命感のようなものが芽生えてしまった気がする。
別にヒーローになりたいとかは思っていない。ただ、俺はXENOと戦える道具があるのにここで知らないフリをして普段通り過ごすことは出来ないと思った。
「んー、とりあえず職場体験はしておこうかなと思ってさ」
「いいですね」
吉備里さんは笑顔でそう返してくれた。
こうして俺は職場体験をする事となった。つまりこれからXENOと戦うのだろう。しかし、今回は最初から吉備里さんが一緒にいるからそんなに心配はしなくてもいいはずだ。
吉備里さんは機嫌良く鼻歌を歌いながらアクセルを踏んだ。さっきまで俺が運転していたが、左ハンドルがどうにも違和感があったため、吉備里さんに交代してもらった。が、この人はかなり荒っぽい運転をする女性のようだ。飛ばしまくり。
20分後。
我が家から横屋市まで約40分ほどかかるのだが、この人の運転だとそこまでかかりそうもない。
「速野さん」
「何?」
「学生時代モテたって本当ですか?」
「そこ聞くの?」
さっきまで真面目にXENOの話をしていたのに、急にぶっ込まれた。
「聞いちゃいます」
「えっと、平均より少し上くらい」
「嘘だぁ~。速野さん見た目結構カッコイイからかなりモテたんじゃないんですか?」
ジトっとした目つきで横目で見られる。それも小馬鹿にした口調で。
「やっぱ俺ってイイ顔立ち?」
「私の好みではないですけどね」
冗談で言ったのに。
「吉備里さんはどういうのがタイプ?」
「見た目で好きなタイプっていうのはあまり無いですけど、ジェームズ・ボンドみたいな紳士的で格好いい人が好きです」
「毎回出会う女とすぐ寝る男が紳士?」
「紳士的で色気がある。だから女の方もつい抱かれちゃうんですよ。あ、ここの駐車場で待機しますか」
いつの間にか横屋市に入っていた。とりあえず吉備里さんが「指示待ち」ということらしいので、近くの大型ホームセンターの駐車場に入って待機することにした。
――2時間後。午後9時。
俺達はファミレスで夕飯を摂っていた。家族の食事は母さんに用意してもらうよう伝えておいた。その際「無茶は絶対にしないで」と母さんにしつこく言われた。
「まだここにいるのかな?」
「例の現場で探知したスペングラー波を仲間に送って調査をしてもらっているんですが、確かにこの街にはまだいるようです。ただ、移動速度が速いので恐らく人間態で動いてはいないようですね」
「何か別の生物に姿を変えているってことか」
「そうみたいです」
吉備里さんは気だるそうにストローに口をつけてカフェオレを飲んでいる。ここに来る前に二人で捜索をしたが、収獲はなかった。何箇所か痕跡はあったが、発見には至らなかった。
「姿を変えていたらその探知機は反応しないわけ?」
「一応反応は出ますけど、ごく小さな反応しか出ないです。それだけ小さな反応だと数日前のものの可能性もあるんですよ。けど、その反応が街の至る所にあるので、まだここにいると思うんですよね」
彼女はぐっと腕を上げて伸びをする。
思っていたよりバスターって結構地味な活動しているんだな。
このまま見つからないのではないかと思い始めた頃、テーブルに置かれている吉備里さんのスマホに着信が入った。普段の彼女のスマホから鳴る着信音とは違っていた。彼女はすぐに電話に出た。
「はい、はい……7丁目の『笹島ビル』ですね。今から向かいます」
通話を切るとこちらに向けてウインクをしてきた。
「見つけた?」
「バッチリと。行きましょう!」
俺たちはファミレスを出てから急いで車に乗り込んだ。彼女の話によるとターゲットは7丁目のビルにいるらしい。ここからだと10分程度で着くだろう。
「戦闘準備しておいてくださいね」
「了解」
言われた通り俺はガジェットを装備する。それともし、離れた場合の時の連絡手段にと渡されたインカムを装着した。
さっきまでは無かった緊張感がじわじわと湧き出してきた。
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