1-3


 男が近づくと、二人は怯えながら後ずさりをした。

 俺は急いでリュックからコートを引っ張り出して袖を通す。それと持ってきたガジェット『№10 エア・ブラスター』を取り出した。


 「早く逃げろ!」


 緊張と恐怖で声が裏返った。二人は俺の声を聞いてから走り出した。だが、XENOと思われる男は俺のことなど構わず逃げた二人を追いかけようとする。その際、奴の被っていたフードが脱げて顔が露わになった。

 なんともショッキングな光景。あれは完全に人間ではない。澤口が言っていたように鮫のような顔をしている。まるでホオジロザメだ。映画のジョーズを想起させる。


 「お前の相手は俺だ!」


 小刻みに震えた指で自動式拳銃型のガジェット、エア・ブラスターの引き金を引く。発砲音は本物の銃かと思うくらいにデカい。しかし発射される弾丸は親父曰く「空気の塊」らしい。

 放った弾が命中したかどうかはわからないが、奴は足を止めてこちらへ振り向いた。正面から見ると本当に不気味な面をしている。


 「狩りの、邪魔、だな」

――こいつ喋れるのかよ。これは予想外だ。

 「狩り?」

 「そうだ、お前は、依頼された、獲物、じゃない」

 「依頼されただと?」

 「契約した、でも、お前、邪魔するなら、狩る」


 どうやらこいつは噂通り、人間狩りをしているらしい。そんで俺はその狩りの邪魔をしたから殺されるってことか。


 「そいつはゴメンだな」


 俺はブラスターのスライドを2回引いてから引き金を引いた。するとさっきよりも発砲の反動が倍くらいかかり、銃身が跳ね上がった。放たれた空気の弾丸は今度は確実に命中し、奴は後ろに倒れ込んだ。


 「や、やった」


 と思ったのも束の間。ゆっくりと立ち上がり腹をさすりだした。着ているウインドブレーカーは弾が当たった所が派手に破け、青白い肌が見えている。


 「痛いな」


 どう考えても痛がっているような声色ではない。

 おいおい! スライド2回引いて撃ったら大ダメージ必至って聞いたんだけど! こいつ大したダメージ負っていないように見えるぞ。


 「お前は、狩る」


 鮫男は俺を睨み付け、噛みつかれたら確実に死ぬであろう鋭い歯を見せつけるかのように大口を開けて、突進してきた。これはヤバいな。

 俺はリュックを掴み、急いで飛び退く。間一髪で突進を避けることに成功し、代わりにさっきまで座っていたベンチは吹き飛んでいった。

 その威力に驚いたが、それよりも自分の跳躍力のほうが驚愕だった。

 何メートル跳んだ? 10メートルは超えていただろう。これもすべてガジェットのおかげだ。『№3グライド』と『№4ジェット』を組み合わせることで常人離れした脚力を引き出すことができると説明で言っていた。

 グライドは忍者のコスプレみたいだし、ジェットは普通の黒いスニーカーにしか見えない。

 これはもしかしたら、もしかしたら勝てるかもしれない。

 いや、いける! 今の俺はスーパーヒーローだ! そう思い込め!

 それにもう一つ攻撃用のガジェットを持ってきている。あいつが再び仕掛けてくる前に迎撃準備しておかないと。

 しかし、鮫男はすぐにまた突進をして向かってきた。今度も横跳びで避けようとしたが、奴は俺が跳んだ瞬間に方向転換をして俺をめがけて飛び掛かってきた。

避けられない。そしてさっきの仕返しとばかりに、みぞおちにボディブローを食らわしてきた。

 俺の体は弧を描いて吹き飛ばされた。背中から落下し、受け身もまともにとることが出来なかった。派手に飛ばされたが、痛くない。強い衝撃は感じたが大したダメージにはなっていないようだ。

 近くから足音が聞こえてくる。あの野郎、追撃するつもりか。


 「新人ですか?」


 近づいて俺を見下ろしてきたのは醜悪な怪人ではなく、見知らぬ美人だった。肩くらいまでの茶色のセミロングヘア。そして猫のようなツリ目。恐らく年下だろうが、かなり好みのタイプ。

でもどういうわけか、色は藍色ではなく暗めの朱色だが、俺と同じコートを着ている。


 「ああ、来たか」


 その美人は鮫男の方へ視線を向けると真剣な表情をして歩み寄っていった。


 「え、ちょっと? お姉さん?」


 慌てて体を起こして彼女へと視線を向ける。

 そして俺は目の前の光景を見て唖然とした。女の方が一方的に殴りかかっている。それもすごいスピードのラッシュで。

 鮫男は口から血を流し、ほぼサンドバッグと化していた。さっきまでの勢いがウソのようだ。だが、無理やり女の手を払い除け、ラッシュを止めた。


 「また、お前か。何者、なんだ?」


 息が上がりながら、そう言葉を投げかける。


 「バスター。今度は仕留めさせてもらうから」


 女の方がぐっと右足に力を入れたと思うと、目にも止まらぬスピードで相手の脇腹に蹴りを入れた。そのまま鮫男は俺の方へペンギンの腹すべりのように地面を滑ってきた。


 「あ、しまった」

 「しまった」というのは蹴り飛ばした方向の事だろう。痛々しく傷が出来ている鮫

男は血を吐きながら起き上ろうとしている。

 俺は近くに落ちているガジェット、『№7XENO・STRIKE』を拾った。

 これは近接攻撃で最強のガジェットらしい。バイク用のグローブのような形をしていて、手首辺りから五本の青いラインが指に沿って張られている。

 このガジェットを右手にはめて、立ち上がる。そして拳に強く力を入れるとラインの部分が強く発光し始めた。そして俺は「突き」の構えに入った。

 昔を思い出せ。道場で正拳突きを教わっていた頃を!


 「なめんじゃねぇぞサメの化物!」


 鮫男が立ち上がった瞬間、一気に右腕を伸ばし、正拳突きを決めた。

拳が当たると同時に大きな電流が鮫男の体に走り、バチバチと音を立てる。そして悶え苦しみながら、再び倒れ込んだ。


 ――息をしていないように見える。これで終わりか? 倒したことになるのか?

 奴が動かなくなったのを黙って見ていると、さっきの女が走って駆けつけてきた。


 「ちょっと! 早くとどめ刺して!」

 「え? とどめ?」


 俺が素っ頓狂な声で聞き返すと、突然、動かなくなったはずの鮫男が急に飛びつき、押し倒してきた。そしてそのまま口を開けて俺の顔に食らいつこうとする。なんとかギリギリのところで顔面を手で押さえて噛み殺されずには済んだが、このままだと力負けして噛みつかれてしまう。

 もう抑えるのが限界だと思ったその時、奴の腹から腕が生えてきた。こいつそんな攻撃もできるのかと一瞬恐怖したが、これは「生えてきた」のではなく手が腹を「貫通している」というのが正しかった。

 鬼とも龍とも取れるような禍々しい真っ赤な手。その手が引き抜かれると、俺を噛み殺そうとしていた鮫男の力は抜け、全身が虹色の煌びやかな灰となって消滅した。

 灰が風と共に去っていくと、目の前には少し怒った表情で女が立っていた。


 「なんで早くとどめを刺さなかったんですか?」

 「いや、あの……」

 「あっ、もしかして条件が揃わないと発動できないタイプなんですか? まあ、だとしても今の戦闘は新人バスターとしてもちょっと『無い』ですけどね」


 女が苦笑しながら手を差し伸べてきた。俺はその手を取り、「どうも」とお礼を言って立ち上がった。


 「それで……バスターって何?」


 服に着いた砂を掃いながら疑問を訊いてみる。


 「何って、あなたバスターじゃないんですか!?」

 「違う違う」

 「じゃあなんで戦ってたんですか!? そういえばコートは純正の物だけど、ずいぶん古いタイプですよね。あなたいったい何者?」


 まじまじと俺の姿を見て、不思議そうな顔をしながら顎に手を当てる。俺はこうなった経緯を彼女に話すことにした。


 

 ――立ち話をするには時間がかかる話なので、近くにあった自販機でコーヒーを買って二人で壊れていないベンチに座った。そして俺の親父の話とここでXENOと戦っていた理由を聞いてもらった。


 「速野って……あなたのお父さんは、あの『速野翔耀(はやのしょうき)』ですか!?」

 「そうだけど」

 「業界では有名人ですよ! 血を飲まずに活躍し続けたバスターですからね」

 「血を飲まずに?」

 「そうです。本来私たちバスターはXENOの血を聖水で薄めた『醜魔の血』を飲んで、人間離れした力を得るんです。というか半分人間ではなくなるんですけど」


 人間ではなくなる。その言葉を聞いてさっきの彼女の腕を思い出した。アレは完全に人間の腕ではなかった。


 「その、バスターってのは血を飲まずに戦えるもんなの?」

 「かなり難しいですね。最近でも飲まずにいたのが何人かいましたけど、早くに戦死したり、辞めてバスターのサポートに回ったりしています。だから速野さんは本当に凄い人だったんですよ」

 彼女はそう言って、優しく微笑みかけてきた。もっと父を誇っていいですよってことなのだろうか。

 話を聞く限り、親父はバスターとして優秀だったらしい。俺の前ではいつもふざけたような態度を取っていたから意外だ。

 ふいに彼女は「あっ!」と何かを思い出したかのような声を出したかと思うと、コホンとわざとらしく咳払いをすると、立ち上がって俺の前に行儀よく立った。


 「ごめんなさい、自己紹介が遅れました。私、XENO対策第2支部、3班所属の吉備里桃華と言います。」


 彼女は自己紹介を終えると、コートのポケットからスマホを取り出して「連絡先を交換しましょうか」と持ちかけてきた。何かあった時のために、と理由を付けられたが、正直もう会うことは無いだろう。ただ、彼女には興味があるので、とりあえず交換することにした。


 「それでは私はもう行きますね」

 「うん、今日はありがとう」

 

 そう言ってから俺が一礼して、顔を上げると彼女の姿は消えていた。周りを見渡しても姿は見えない。


 「忍者みたいだな」


 俺は荷物を持って自宅へ帰ることにした。気づけば辺りは暗く、既に18時近くなっていた。

 とにかく沙良紗が襲われなくて良かった。これで一件落着だ。




 ――吉備里桃華は公園の木の陰に隠れて、梓が去っていくのを見届けていた。そして彼の姿が見えなくなってから一本電話をかけた。


 「もしもし、帯原さん? 指令通り目標は消しました」

 『お疲れ様。じゃあ帰って来て報告書書いてくれるか?』

 「はい、それと実はですね、ちょっと面白い出会いがありまして」

 『ん?』

 「帯原さんの友人の息子さんと会いました」


 電話の相手は数秒無言になり、少し動揺した声色で再び声を発した。


 『翔耀の息子か? まさかXENOと戦っていたのか!?』

 「そのまさかですよ。XENOと戦っている時に着ていたコートや、使っていた道具は全て父親が使っていた物だと言っていました」

 『そうか……彼が……』

 「ええ、そこで相談なんですけど……」


 ――そう言って桃華は悪戯っぽく微笑んだ。

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