第10話 信じること

ユキヒロはわざとらしく笑う。

「私も今のオーナーの力量が知りたくてね。そのためにキミに、二十億円ほど支援しよう。私のオーナーは優秀だったが、古い時代だ。時代はどう変わったのか見てやろう」

ウスバはニッコリ笑う。

「ラッキーだよ、オーナー!」

しかし、オーナーは言う。

「凄いプレッシャーを感じる。ユキヒロ様の弱点である足りないものを、私に埋めろというのか!」

ユキヒロは言う。

「そうは言っていないぞ、若いオーナーよ。キミの力量を知りたいだけさ」

そして僕達は、いつものステージへと戻ってくる。しかし、いつもの日常は戻ってこない。オーナーは、トレーニング器材のカタログを見ながら唸っている。その器材は値段の高い物が多い。二十億円といったら大金だが、そんなものすぐ消え去るさ。ゴウがアオイに問う。

「どんな器材をユキヒロさんは求めているかだな」

アオイは首を振る。

「私は、器材にこだわる必要はないと思う」

ヒリュウがアオイの言葉にピンときたようだ。

「確かにユキヒロさんは、器材を導入しろとは言っていない。ユキヒロさんの足りないものは、金持ちでも無理だったんだ。補えなかった。しかし俺も、器材の導入以上の効果は信じられないな」

いつものヒーローショーに、かげが見える。僕の契約は、悪役として残り十四回のはずだ。オーナーの悩みなど、かまっていられないぜ。悪役トレーナー達も器材運びに協力している。しかし、答はまだ出ないぞ。

ウスバは僕に言う。

「アクイくんは、さぼらない方がいいよ。私は契約にまだ余裕があるのだ。待っていて、シハイ様」

魔法刀はヒリュウを捉えた。レインボー再び。やはり、僕もヒリュウも、オーナーがいないと気分が出ないなあ。僕とヒリュウのバトルは、ワンパターンに近い。観客に支持されるには、どうすればいい? ウスバも考える。

「ユキヒロさんに足りないものは、技のバリエーションだね。それが解っていても、パターンを増やせなかった。パターンを増やす器材があるなら、私もトレーニングが楽しくなるよ」

「そういう考え方もありだな」

と、僕。

オーナーがついに部屋から出てくる。

「解ったぞ、みんな。私は何も解っていないことがな」

ウスバが答える。

「ダメだよ、それ」

しかし、オーナーの目に曇りはない。

「ウスバよ、ダメなことが解っただけでも前進なのだよ。後はこれを解決するだけだ」

「いつまで続くんだ?」

と、みんな。オーナーは遂に自分の無能さを認めた。古い過労による事件を古傷とするオーナー。オーナーはトレーナーではない。トレーナー達は、オーナーに強くは文句を言えない。僕は、このあたりにヒントがある気がした。

ならば、トレーナーの発言力の強化だろうか? うーん、わからん。いつものオーナーよ、帰ってきてくれ! ユキヒロさんはオーナーにプレッシャーをかけた。初代ヒーローの威厳は凄かった。これは、意外と有効かも知れないぞ。オーナーの器材の偏りを、ほぐせるかもしれないしな。スロウは一流のヒーローだ。スロウは、本当は足りないものに気づいている、多分。だからこそ、ユキヒロさんはスロウを邪険にはしない。

遂にオーナーが動きを見せる。

「引退していった悪役達に告ぐ。私は間違っていたよ。私はヒーローショーが好きなだけの、プロとは呼べない経営者だった」

このステージのトレーナー達に笑顔が浮かぶ。何か解決したのか? オーナーは宣言する。

「今のところ新器材を導入するつもりはない。だからといって、私が二十億円をゲットするわけではないのだ。ユキヒロ様は偉大なヒーローである!」

みんながため息をつく。

「何も思いつかず、開き直ったか」

しかし、オーナーの長い話は終わっていなかった。

「私はオーナーとして、プロになる。トレーナーとしての知識も、幅広く知りたい。でないと、トレーナーを動かすことは私には出来ん。私はヒーロー研修を受けることにした!

思えば私は、トレーナーのことも悪役はの気持ちも、理解できていたわけではない。何も知らなければ、私はキミ達を『信じること』すら出来ないのだから…… 」

金は研究に使うのか? ユキヒロさんは、技のバリエーションを増やす術を知らなかった。初代ヒーローの慢心だったと言えよう。ユキヒロさんは、オーナーがまだ進化することを知っていたのだ。

ここで、アオイの意見が出る。

「ヒーロー研修がプロの条件とは、私には思えません。交流の幅を広げるべきです。ヒーロー研修は、全てをカバー出来るほどのものではない」

ゴウも考える。

「知識は必要だぜ、アオイ。交流とダブルと考えていいだろう」

オーナーは、僕達に向かって言う。

「ヒーロー研修は、トレーナー達も経験している。そして、これからもするべきだ。私が間違っているのなら、今みたいにどんどん言ってくれ。そうすることで、初めてお互いに『信じること』が出来る」

そのことがあってから、オーナーのトレーナーへの指示がスムーズになった。更に、オーナーは器材の特徴を知り、無駄遣いや引き出し方を間違えなくなったと、トレーナー達は口をそろえる。そして今、僕達はオーナーを信じることが出来るのだろうか? それはきっと、今後の課題さ。

そして、スロウが再び訪れる。

「以前にここのステージに来たときより、器材のメンテナンスが行き届いている。前回は疲労回復だけのイメージだったが、今回はトレーニングと両立してやがる」

と、スロウも驚く。そして、思い出したかのようにスロウは話を続ける。

「ユキヒロさんは、『あのオーナーは足りないものにこだわりはしない』と言っていた。ヒーローや悪役を成長させる手段は、個人により無数に存在する。足りないものとは、一例にすぎなかったということだな」

「そんなことより、スロウ、決着をつけようぜ」

と、僕。スロウは呆れて言う。

「前回、アクイとヒリュウはノックアウトしたはずだぜ」

こうして、日々は少しずつ過ぎていく。

「ヒリュウよ、ここで決着をつける!」

「アクイもそのつもりか?」

ヒーローと悪役、その壁を壊す戦いが始まろうとしていた。ウスバはつまらなさそうに言う。

「台本によると、アクイは悪役のため最後に破れるとのこと」

オーナーも言う。

「そのパターンでは通用しないことを、アクイとヒリュウは学習すべきだ」

僕とヒリュウの刀がぶつかった。もちろん、ヒーローショー用のおもちゃの刀さ。当たってもどうということはない。見知らぬおじさんは、台本を読んでいる。

「ふむ、これで観客をよぶのは厳しいな」

一言漏らして、おじさんは部屋へと戻っていく。誰だったんだろう?




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