第9話 伝説と時代と足りないもの
僕とヒリュウは、一流ヒーローとして名をはせるスロウの様子をみる。百メートル走のタイムは、十一秒二とスピードがありそうだ。スロウという名前に騙されてはいけないぞ。スロウは速い。僕とヒリュウの闇討ちは成功するのか? 軽く動いた後、スロウは疲労浄化室へと向かう。
スロウがくつろいでいる。どうでもいいが、スロウは今、パンツ一枚だ。ヒリュウがタイミングを計る。
「いけるか、アクイ? 一流のヒーローにも、俺とアクイなら通用する!」
僕もチャンスを待つ。
「ああ。しかし、スロウはなかなかスキを見せない。スロウ相手の場合、多少のスキでもいかざるをえまい」
「少しでいいんだ」
と、ヒリュウ。アオイが言う。
「アクイとヒリュウの二人! オーナーに追放されても知らないわよ」
ゴウも言う。
「ポイント稼ぎにはならんぞ」
ゴウとアオイは、そう言いつつも、集中してスロウを見ている。今だ! いくぞ、ヒリュウ。僕はヒリュウに目で合図を送る。ヒリュウは合図を確認し、スロウへ突撃。僕もタメアタックを繰り出す。
「おお!」
と、みんな。しかし、スロウは……。
「俺はちょうど退屈していたところだ。調整とはいっても、このステージでは疲労回復器材が、ほとんどを占めている。これぐらいの遊びには、俺は付き合う」
ヒリュウの突撃も僕のタメアタックも、スロウにかわされた。スロウのヤツ、すごい反応速度だ。
スロウは、フルスイングのパンチを繰り出す。凄い風圧だ。しかし、スキが大きい。僕もヒリュウも、スロウの攻撃をかわせる! トラップの可能性もあるな。ならば、スロウのタクティクスを見せてもらう。しかし、スロウは大振りしかしてこない。クリーンヒットしたらヤバイが、こんなもん食らうかよ! いや、待て。この技はSランクに分類される強力な技、ヒーローパンチとヒーローキックではないか。技はSランクをトップとし、A~Eランクの技が見本としてある。いくらSランクの技でも、それしか使わないと解っていれば、何とかなるみたいだぜ。しかも、オーバーアクションの技だ。スロウは、他の技を温存していると見ていいだろう。つまり、僕とヒリュウはナメられているということだ。
ウスバが、パンツ一枚で戦っているスロウに問う。
「スロウはヒーローパンチとヒーローキックしか使わないヒーローよ。ヒーローパンチとヒーローキックの使い手は多い。いや、正確には少ない。要するに、多くの使い手は、伝説の初代ヒーローユキヒロ様のコピーに、他の技を織り交ぜる。しかし、コピーは完全ではない。ものにしているあなたはさすがよね?」
スロウはため息をつく。
「さすが、ウスバ。俺はユキヒロさんのスタイルで、トップヒーローになってやるよ。笑いたければ笑うがいい」
ウスバは真顔で言う。
「つまらないジョークで、私は笑えないわ」
スロウはユメを語る。
「ユキヒロ、さんはもう八十歳を過ぎているが、現役で通用する! ユウキやシハイ、そしてクサイより強いんだ」
初代ヒーローユキヒロを、スロウはそこまで尊敬しているのか。六十年ぐらい前は、ほぼ無敵を誇ったヒーローユキヒロ。ヒーローパンチとヒーローキックしか使わない、いや、その二つしかなかったんだ。それでも悪役達は、ユキヒロにバッタバッタと倒された。つまりは、六十年ほど前のヒーローショーは、今現在より技術が低かったのだ。そして、ユキヒロを倒すほどの悪役クサイが現れる。クサイはSランクの技こそ持っていなかったが、多彩な技でユキヒロを追い詰めた。
クサイの人気は、ユキヒロを上回る。そして、ユウキとシハイの時代へと移っていったんだ。一流のヒーロースロウは、このままユキヒロのスタイルにこだわれば、これ以上の伸びはないかも知れない。それほどまでに、スロウの基本スペックは高い。スロウと僕達二人の戦いは、ついにクライマックスを迎える。観客達も近寄ってくる。どうでもいいが、そろそろスロウは着替えろよ。みんなに見られているぜ。
「半裸のヤツ、結構強いぞ」と、歓声があがる。
僕達はスロウの体力をなめていた。僕とヒリュウはスタミナ切れで、オーバーアクションすらかわせない。スロウに言う。
「名前を教えてくれないかな。いいファイトだったよ。俺の調整が終わったら、ユキヒロさんのところへ行ってみよう。ユキヒロさんならカムバックできるさ」
「無理だ! 八十歳過ぎたじいさんが、ヒーローショーで通用するわけがないぞ、スロウ」
と、僕とヒリュウは口をそろえて言う。
そして、三日間でスロウの調整は完了した。ウスバも興味があるのか、ユキヒロのトレーニング施設へと向かう。オーナーは、スロウに問う。
「スロウは明日からヒーローショーに戻るのだろう? 差し支えは無いのか?」
スロウは答える。
「俺がユキヒロさんのところへ行ったのは六回目になる。カムバックは何度言っても断られた」
当然だろうと、みんな。しかし、スロウの目は輝いている。
んっ、あれ、僕達山に向かっているぞ。ユキヒロは莫大な金を手にしたヒーローだ。ユキヒロは豪邸に住んでいるとばかり思っていたのだがな……。この山に豪邸なんてあったっけ? しかし、辿り着いてみると、つつましい木造住宅にユキヒロは住んでいた。
ユキヒロの声が聞こえてくる。
「またスロウの坊やか。私には足りないものがあったから、悪役クサイに破れたのだ。その私の真似をしても、スロウはつぶれる。時間の問題さ」
「俺には、ユキヒロさんの足りないものが何なのかは知らない。でも、ユキヒロさんは足りないものがあろうと、勝ち続けた。補って余りあるものがあった」
スロウは熱く語る。そして、ヒーローパンチをユキヒロに叩き込む。おいおい、ユキヒロはじいさんだぞ。ユキヒロはヒーローパンチを見る。
「ほう、腕を上げたな、スロウ。だがそのスタイルでは、トップヒーローには成れないぞ、小曽」
いくらなんでも、オーバーアクションとはいえ、今のユキヒロがスロウのパンチをよけられるはずがない。と思ったのだが、ユキヒロにはスロウの攻撃が通用しない。ユキヒロのヒーローパンチを、スピードのあるスロウがかわせないぞ。スロウは吹っ飛ぶ。しかし、
「まだまだ俺はいけるぜ!」
ユキヒロはニヤリ。
「前回は一撃だったのだが、成長しているようだな、スロウ」
いやいや、ユキヒロはじいさんの動きではないぞ。現在のトップクラスヒーローほどではないが。ユキヒロに足りないものなどあるのか? ウスバは何かに気がつく。
「ユキヒロ様はオーナーに似ている」
「それが足りないもの?」
と、僕。僕にはまだ良くわからない。破れたスロウは言う。
「ユキヒロさんに足りないものなんて無い」
ユキヒロはスロウに告げる。
「弱点のない人間などそうはいない。それに気がつかないようでは、坊やスロウに未来はないよ」
僕には一つの疑問が浮かぶ。
「そのユキヒロさんに足りないものとやらは、克服できないものなのか?」
「それだ!」
と、ヒリュウ。ユキヒロは何故か僕達ではなく、オーナーに言う。
「キミは現在、弱小オーナーだったな。キミにその答が出せるかな?」
それを聞いて、オーナーはすぐに返事をする。
「私はオーナーであって、トレーナーではないよ。偉大なるヒーロー、ユキヒロ様」
ユキヒロはニヤリと笑う。
「経営者も豊かな知識を持っていなければ、取り返しのつかない失敗をするだろう。試してみよう」
「何だって」
と、オーナー。ユキヒロさんは、オーナーの何を試すのだ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます